それでも生きていく
審神者と刀剣男士の子供に対する差別がテーマのお話。
​■それでも生きていく・登場人物

雪島ほとり(35)

  • 仕事はそつなくこなすが、熱意に欠けるサラリーマン教師。

  • 半神(付喪神と人間の混血児)という理由から、差別や偏見の目に晒され続けている。

  • 半神である自分を忌み嫌い、過去に何度も自殺未遂をしている。その為、半神である事を隠して生きている。

  • 結婚を前提につき合っていた恋人がいたが、半神である事を理由に婚約破棄となった。

  • 両親とは15年以上前から疎遠(絶遠状態)になっている。

 

天春かなめ(15)

  • ほとりの教え子。

  • 内気で気弱な性格からクラスで孤立している。

  • 前髪を目の下まで伸ばしているせいで、顔がよく見えない。

  • ほとりと同じく半神で、学校や近所で差別と偏見の目に晒されている。

  • 叔母夫婦に預けられており、両親とは殆ど連絡が取れていない。

 

秋山ナギサ(15)

  • ほとりの教え子で、かなめのクラスメイト。

  • 成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗の少年。クラスの人気者だが、どこか寂し気な雰囲気を醸し出している。

  • 理由は不明だが、クラスで浮いているかなめに好意的。

  • 祖母と二人で暮らしている。

 

武井(27)

  • 冬島の同僚の体育教師。

  • 理想主義で生徒に慕われているものの、かなめには好かれていなかった。

  • 冬島に好意を抱いている。

 

佐脇水花

  • 佐脇家(魔術の名家)出身の審神者。

  • 成熟した女でありながら、乙女の香りを匂わせる魔性の持ち主。

  • 刀剣男士であるにっかり青江とは子供をもうけている。

 

佐脇清兼

  • 水花とにっかり青江の子供。

  • 冬島やかなめと同じく半神である。

  • 母親に甘えてばかりの泣き虫。

 

半神

付喪神と人間の間に生まれた混血児。

刀剣男士と審神者の間に生まれた子どもを指す。

近年では差別を助長するという理由から、“刀さにチルドレン”とも呼ばれ始めている。

半神に対する差別や偏見がいまだに根強く残っている為、大抵は半神である事を隠して生きている。

差別や偏見の目から逃れる為に、審神者に就任する半神も少なくない。

​●それでも生きていく 1

放課後の教室。

 

深い静寂のなかで、完全下校時刻を告げるチャイムが鳴り響いた。その音はゆっくりと波のように、次第に大きくなりつつ広がってき、最後は夕闇の彼方へと消えていった。もうすぐ長い夜が始まる。そんな淡い期待を胸に抱きながら、ふいと、冬島ほとりは顔をあげる。弱々しい視線に気づいたからだ。

 

薄暗い教室の片隅、ひときわ濃い夕闇に染まる窓ぎわの最後列の席で、教え子がこちらを見ていた。

 

「……進路希望は書けたの、天春さん」

 

冬島は簡潔にたずね、立ち上がった。生徒たちの進路希望調査書を小脇に抱え、教え子――天春かなめの近くへ歩み寄る。かなめは怯えるように顔を伏せた。弱々しい声で答える。

 

「………………ま、まだ書けてないです、すみません」

「かれこれ二時間近くその調子ね」

「………………す、すみません……な、何も思い浮かばなくて……」

「調査書なんだから適当に書けばいいじゃない」

「………………そ、そういうわけには、その、クラスのみんなは真剣に書いてたし……す、すみません……」

「はぁ」

 

頭を抱えた冬島は、かなめに聞こえるほど深いため息をもらした。くいっとメガネをかけ直し、長い指でコツコツかなめの机を叩き出した。そうしている間にも、時はいたずらに流れていく。赤黒い夕日が二人を照らす。重々しい光のなかで浮かび上がる二人の面立ちは、まったく対照的であった。

 

氷を彫刻したように冷ややかな美貌の冬島は、その見た目に相応しい態度でかなめを見下ろしている。長身のほっそりとしたスタイルと切れ長の瞳が印象的で、長い黒髪を一つにまとめている。真冬のまっただ中だというのに、顔色ひとつ変えず背筋をピンと伸ばして良い姿勢を保っていた。クールビューティーを絵に描いたような妙齢の女だった。

 

一方のかなめはというと、冬島の対極に位置するような印象を娘だった。前髪を目の下まで伸ばしているせいで、顔がよく見えない。じっくり観察すると、可愛らしい顔立ちしていることがよく分かるが、どこか気弱そうな雰囲気をまとっている。少し緑がかった鮮やかな青色の瞳が、不安げに泳ぎつづけている。まさに臆病者の要素、その全てを兼ね備えているといえた。

 

「もう完全下校時刻を過ぎたわよ」

「………………す、すみません……」

「すみませんじゃなくて、書く努力をしなきゃダメよね?」

「………………あ、えっと、あの、あっ……」

 

金魚鉢で見る金魚のように、かなめは口をぱくぱく動かしていた。冬島は眉をひそめた。胸の中で、言葉にならない不快な感情が渦巻いている。それを吐き出すように、もう一度ため息をついた。かなめの小さな体がビクリと震える。

 

「もういい。それは今日の宿題にするから、明日必ず提出しなさい」

「………………す、すみま」

「すみませんじゃなくて、返事をして」

「…………はっ、はい……」

 

かなめはほとんど消え入りそうな声で答えた。がっくりとうなだれ、うつむいたまま石のように動かなくなる。冬島はそれを一瞥したものの、特に何も言うことはせず、教室のドアへと歩きだす。足音ははかったような等間隔だった。

 

冬島は最後にもう一度、深い深いため息をついた。

 

「……ちゃんとしてよね」

 

×××

 

廊下を出ると、ふいに後ろから声を掛けられた。

 

「また天春ですか、冬島先生」

 

張りのある太い声。同僚の武井であることは見るまでもないが、背中を向けたままではマナー違反になるので、冬島は諦めるように後ろを振り返った。

 

「武井先生ですか」

「大変ですねぇー」

 

おどろくろほど間の抜けた声で武井は笑う。体育の教師を勤めるこの男は、並の人間よりも図体がとても大きい。そのせいか何気ない笑顔すら、有無を言わせないような威圧感があった。冬島よりずっと若いが、生徒指導を任せられるのも頷ける。

 

「僕でよければ相談にのりますよ?」

「いえ、大丈夫です。そこまで大事じゃありませんから」

「進路希望ですか?」

「ええ、天春さんだけなかなか決まらなくて」

「大切な将来のこととはいえ、期日を過ぎても書けないのは困りますねー」

「そうですね」

 

冬島は淡々と答えながら歩き出した。当然のように武井も後に続く。二人の足音は重なりあわないまま、人気のない廊下へと響き渡る。まるで二人の関係を冷ややかに物語っているようだった。

 

「……天春は冬島先生のこと、好きなんじゃないかなぁ」

 

武井がポツリと呟いた。それから息をするように何気ない仕草で、頭をポリポリと掻きはじめる。彼らしくない態度だと、冬島は判断した。片眉を下げ、切れ長の目を細める。

 

「どういう意味でしょう?」

「そのままの意味ですよ。僕だって天春の元担任ですから、何となく分かるんです」

「彼女が二年生の時の担任は武井先生でしたね……」

「なかなか人と打ち解けられない子だったから、僕ともうまくいかなくて。だからその、あんなに喋る天春を見たことがなくて」

「そうなんですか」

 

冬島は思考を巡らせていると、天春かなめの顔が脳裏を過った。

 

何かと問題のある生徒。友達はいない。内気で気弱な性格からクラスで孤立している。以前はいじめられていたという。

そんな生徒の対処を求められている自分。

 

その理由は、これまで忌み嫌っていた自分の出生が役立つと上が判断したから。今の今まで疎まれていたのに、なんて皮肉。そしてなんて虚しい。

 

「冬島先生?」

 

武井が心配そうに首を傾げている。どうやらいつの間にか考え込んでいたらしい。冬島は顔をあげ、廊下の窓から見える景色を眺めながら呟く。夜空に輝く無数の星が、ただただ眩しく思えた。

 

「それは困りましたね……」

「何がです?」

「いえ、何でもありません。それにしても、生徒に人気の武井先生でも手を焼かれていたとは。天春さんは変り者ですね」

「いやいや、僕なんてそんな」

 

武井は目を大きく見開いて、両手をふった。否定はしているものの、まんざらでもないらしい。特徴的な四角い顔はどことなくにやけていた。

 

「生徒ひとりひとりの個性を受け入れられたらと、そう思っているだけです」

「内気で消極的なところが、天春さんの個性だということでしょうか?」

「生まれも育ちも性格も個性です」

 

武井は力強く頷いて、両腕をくんだ。 まるで自分が正義のヒーローとでも言わんばかりに、その信念を言葉にする。

 

「天春が“刀さにチルドレン”でもそれは同じです」

 

その言葉を聞いて、冬島は心臓が止まったかと思った。思わず胸に手をあてる。指先から伝わる心拍音はおそろしいほどに弱々しく、呼吸は浅かった。体温は徐々に冷たくなっていく。まるで死人になったような気分だった。冬島は唇を噛んだ。

 

ふと、頭の中に一つの情景が浮かび上がった。何だろうと冬島は思った。すぐにそれが自分の過去であることに気がき、苦笑する。それは色あせたインクのように、ゆっくりと滲んでいき、心と体を蝕んでいく。

 

中学生時代の、誰もいない教室。

ゴミ箱に捨てられた上履きとバック。

薄汚れた花ビンと遺影が置かれた机。

ぐちゃぐちゃに切り裂かれたノートと教科書。

 

そして黒板に大きく書かれた『半神』という文字。

 

……冬島は微笑を浮かべた。その目はガラス玉のように感情が失せ、唇は歪んでいた。嘲るように言葉を口にする。

 

「素晴らしい信念ですね」

「いやいや、教師として当然ですよ。それに、今や刀さにチルドレンは二百人に一人いると言われてますから、自分の身近にいてもおかしくないじゃないですか」

「そうですね。現に天春さんは半神……いえ、刀さにチルドレンですからね。私も武井先生のような信念を持って教師に取り組めたらと思います」

「そんなに褒めても何も出ませんって。ああでも、夕飯ぐらいは奢りますよ?」

「先週もお断りしたじゃありませんか」

「うーん、冬島先生とはいつか教育について語り合いたいと前から思っていたんですけどねぇ。残念だなぁ」

「……はぁ」

 

冬島は小さくため息をついた。瞼をほんの少し痙攣させて応じる。

 

「少しだけなら構いませんよ」

「本当ですか!」

 

武井の顔がぱっと輝いた。そのままの表情で、足早に職員室へと向かう。足取りは子供のように軽やかだった。

 

「おいしい酒とつまみがある店知ってるんで、そこに行きましょう!」

「それは楽しみですね」

 

冬島はうなずきながら、武井の後ろ姿を目で追った。何かを言いたい…………いや、言わなくてはいけないような気がした。しかし、もう何もかもが手遅れなのだ。

 

刀さにチルドレン、またの名を半神。

 

冬島は心の中で呟いた。肩が小刻みに震えている。

 

時間遡行軍(歴史修正主義者)と戦う刀剣男士と、その主である審神者の子供。付喪神と人間の混血児。半神半人である事を理由に、差別と偏見に晒され続けてきた、神と人間の中間に位置する存在。

 

神様でもなければ人でもない、それが刀さにチルドレン。

 

(そう、そうなのだ)

 

冬島は冷たく薄ら笑った。右手の古傷がピリピリと痛みだしていたが、気にせず思い続けた。いや、念じ続けた。それが自分にできる唯一の術だと分かりきっていたからだ。

 

(私も天春かなめも、人間のふりをしているだけだ)

 

冬島の念いに賛成するように、月が遠い夜空の果てで青白く輝いた。