



城丸ちゃん
■城丸ちゃん・登場人物
城丸
159㎝/18歳/O型/1993年生まれ/東洲高等学校
通称:城丸ちゃん
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オタク界隈のどこかにいそうな拗らせ女子高生。
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どういうわけか刀剣乱舞世界にトリップしてしまう。
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好きなジャンルはアニメからゲームと幅広く、特にロボットアニメが好き。最近はガ○ダムシリーズとコード○アス反逆のルルーシュにハマっている。
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色々と拗らせているせいで、行動と発言が厨二病臭い。
鈴木
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とある本丸の審神者で、別作品「娘の弔い」の登場キャラクター。
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ガ○ダムを心から愛するオタクで童貞。
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城丸ちゃんと入れ替わる形で行方不明になっている。
へし切り長谷部
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主大好きな刀剣男士。
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その忠誠心の強さから融通が利かない。
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城丸ちゃんの監視役。にっかりと仲が良い。
にっかり青江
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色気と爽やかさを兼ね備えているマイペースな刀剣男士。
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戦こそ華と思っている為、行動と発言が血なまぐさい。
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わりと城丸ちゃんを気に入っている。
鶴丸
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城丸ちゃんの世話役。
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溌剌とした美しい刀剣男士だが、驚き中毒症状に陥っている。
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城丸ちゃんの自転車を破壊した張本人。
●トリップだよ!全員集合! 1
光の玉が飛び込んできた。
空を飛んでいるのが分かった。水のように澄んだ、美しい空だった。高く、高くどこまでも広大な空。眼前に広がる白い雲。それらはまるで、神様が描かれた水彩画のように儚くも美しい。
……いや、そんな詩的表現を考えている場合じゃない。
「……えっ、なにこれっ、なっ、なんじゃこりゃあああああっ!?」
少女は悲鳴をあげた。セーラー服を着て、紺色のスクールバックを抱えたまま、空から落下している。完全にパニックへ陥っている。訳が分からなかった。ついさっきまで学校の教室にいたはずなのに、気が付いたら空中へ放り込まれていた。
「おあああああああああああっ!!」
恐怖と混乱で思考力が麻痺している少女は獣のように叫んだ。女子力とかモテカワとか気にしている場合ではない。天上から地獄へと投げ落とされた堕天使のような気分だった。何をどうしていいのか分からなくて、ただ、手足を懸命にふりまわした。それで何があるというわけでもない。少女の体は真っ逆様に地上へと落下していく。衝突の運命は避けられない。それによって自分の命がどうなるのかも安易に想像できた。
ズシンと、心の奥深くへ突き抜ける恐怖。胃液がこみ上げ、口から吹き出る。
死ぬ、死ぬのか私は。少女は声なき声で呟いた。こんな訳の分からない状況のまま、みじめったらしく叫んで死ぬのか。嘘だろ、どう考えても夢だろ。ねぇこれ夢だよね神様。だってそうでないと、何もかもおかしすぎるよ。だって、だって、だって、だって、だって、だって-
。
「まだ死にたくないんだけどおおおっ!神様あああああっ!」
その瞬間、少女の体は閃光に包まれた。光が湯水のように溢れ、心と体を満たしていく。ほんのりと温かい。これはもう完全に死んだな、と少女は確信した。行く先は天国だろうか、地獄だろうか、それとも煉獄か。いや、そもそも自分はキリスト教徒ではない。というか何かしらの宗教に属しているわけでもない。この場合どうなるのか。いやいや、そんな事を考えている場合じゃ――。
……光がいきなり薄れた。
ローファーに包まれた両足が柔らかいものに当たる。その直後、勢いよくはね飛ばされた。ふたたび宙を飛んだ少女の体は、サッカーボールのように大木の幹へと叩きつけられた。鼻がぐしゃりと潰れる。自然の摂理に従って鼻血が吹きだし始めた。強烈な痛みが身体中を駆けめぐる。
「いっ、いったぁぁい!」
両手をのばし、金網の上であぶられるスルメのようにせわしなく腕を踊らせた。とても女子のする行動とは思えないが、仕方がないのかもしれない。ありとあらゆる痛みが身体中を駆けめぐり、それら全てが脳で激突し、どこに手を伸ばしていいのか分からなくなっているのだ。そう、仕方がないのだ。誰がどうみても情けない姿ではあるが、仕方がないのだ。
「痛い、めっちゃ痛いんだけど……マジで痛いんだけど……何これどんな苦行だよ……」
ポロポロと涙を流しながら少女は立ち上がった。涙と鼻血のせいで、彼女の顔はひどい有り様に成りはてていた。顔立ちそのものは悪くない。かといって何か良いところがあるわけでもない。まあ十人並よりは美人であるが、特に目を惹く美しさではない。
「てか、私今どこにいるわけ……?」
少女は振り返り、涙にかすむ目で辺りを見回した。そこはどうみても学校ではなかった。もちろん家でもない。そこには何もない。申し訳ない程度に枯れ草が生えているだけで、何があるというわけでもない。荒れ果てた高野、それ以外の何ものでもなかった。
「……誰あの人?」
一人の大男が立ち、少女を見つめていた。侍風の格好をしているが、上半身は裸だった。ところどころが傷があって、服もボロボロだ。落武者のコスプレだろうかと、少女は大男の顔を見た。
「ひぃっ!?」
鼻血がポタポタと垂たれている事すら忘れて悲鳴をあげる。すぐに間違いに気づいた。目の前の大男がコスプレなどではない事を直感したのだ。彼の形相は、悪鬼羅刹のように恐ろしかった。禍禍しく、憎悪に満ちあふれ、そして敵意に燃えていた。
「あ、あの、ちょっ、まっ」
少女は鼻血を流しながら泣き、ばたばたともがきながら逃げようとした。まるで捕獲されたネズミのように無様だった。いや、それ以下かもしれない。であるからこそ、大男は逃がさんとばかりに少女を持ち上げ、雄叫びをあげた。
「グォォォ……」
それは野獣そのものだった。憎悪の中に生れ出る荒々しい生気に、少女の心は芯から震えた。
この大男、どうみても人間じゃない。
「ひぃぃっ……ちょ待って……そそそんな目で私を見ないでください……」
「ウォォォ……」
「な、何言ってるか分からないですぅぅっ!お願いですから日本語でお願いいたしますぅぅっ!」
「アアアア……」
「うわあああっ!やっぱり伝わってないいいっ!ド〇えもん、翻訳こんにゃくだしてぇぇっ!」
もちろんこの世界にド〇えもんはいないので、少女の命乞いは意味を為さない。無意味で無価値で、そして不毛だった。
「ォォォ……」
大男は刀を抜き放った。刀の刃は、鍛冶場からいま持って来たように光っている。とてつもなく鋭い刀だった。惜しげもなくさらけだす刃から発散されるのは、混じりけのない殺意だった。
「うわっ、ひぃぃっ、助けて、助けて、仮面ラ〇ダー、ア〇パンマン、プ〇キュア、セー〇ームーン助けてぇぇぇえ!」
少女は泣き叫んだ。泣き叫んで、頭の中に思い浮かんだヒーロー達の名前を呼んだ。死を目前にしたからこそ光輝く純粋なものにすがり付いて、救いを求める。しかしそんなものには何の効力もなかった。仮面〇イダーもア〇パンマンもプ〇キュアもセー〇ームーンも、夢の世界のヒーローなのだ。
大男はまるでスローモーションのように、少女に向けて刀を振り上げる。躊躇いの欠片もない、流れるような動作だった。
時が止まる。世界が静止する。ありとあらゆるものが息を潜め、生と死の狭間へと沈む。そして一つの命が尽きようとする。それはうら若い乙女の命。
少女は観念したように目を閉じた。
「――圧し斬る!」
空高く透き通る声が響いた。ガチンと、雷鳴のように金属がぶつかり合う音が聞こえた。鮮血が飛び散る。大男のうめき声が途絶え、それと共に奇妙な呼吸音が漏れてきた。少女の体が勢いよく地面に落ちる。再び腰を打った痛みに涙を流しながら少女は目を開けた。すぐに表情を硬くする。
おどろくほど長身の剣士が、大男と真正面から刃を交えていた。
「ひぃぃぃっ!?」
少女は悲鳴とも号泣ともつかない声をあげ、後ずさりした。立ち上がることは出来なかった。何故なら少女の腰は完全に抜けていた。これ以上どうすることも出来ない。ただ呆然と彼らの死闘を見るより他はなかった。
製鉄所のプレスマシーンのような轟音をあげて大男と剣士は刃をうち合わせた。刀が交わされるたび、火花が飛ぶ。大男は剣士の心臓を突くことを好み、剣士は大男の首を切断することを選んだ。彼らは自分たちの望むままに振る舞いながら、刃を交え続ける。
やがて、剣士がわずかに優位へ立った。大男を斜面の下へ押し返したのである。そこでようやく、剣士が少女を見た。恐怖と混乱の中でありながらも、少女はハッと何かに突かれたような顔をしてみせた。
剣士は若い男だった。ひとことで言えば、いままで見たこともないほどの見目麗しい美青年だった。少女は思わず息をのんだ。
額高く、短い髪と凛々しい眉はどこまでも美しく、鼻筋は高く通っている。唇は薄めだが、そのささやかさが好ましい。もっとも美しいのは深く澄んだ紫色の瞳である。刃のように鋭いそれには、濁りというものが微塵もない。しかしそれほどの魅力に溢れていながら、妖艶とした臭いがまるでない。どこまでも凛々しく、堂々たる美丈夫だった。
しかし鍛えられた体を守る装備については、何と表現するべきか言葉に迷う。神父と執事をミックスさせしたように奇妙な洋服は、重々しい紫を基調としている。長衣の上着はカソックを、肩ら下げている布はストラを模しており、全体的に聖職者のような出で立ちをしている。そんな彼の手にあるものは、美しくも恐ろしい日本刀だった。刀の知識がない少女から見ても、それがとてつもない高級品である事は理解できた。
……青年が少女を値踏みするように見つめていた。形良い唇が、くっと噛みしめられる。少女はその変化が何を意味するかすぐに分かった。
軽蔑、侮蔑……そんな類いのもの。
その時になってようやく、自分の顔が鼻血と涙でぐちゃぐちゃに顔面崩壊している事実に気がついた。慌てて両手で鼻をおさえ、青年を見つめた。
「娘!ここは俺が防ぐ!今すぐ逃げろ!」
青年は叫んだ。どこまでも鋭く、それでいて美しい声だった。
「は、はい!あ、でも、あなた一人で!?だ、大丈夫ですか!?わ、私ケータイあるんで、すぐに110番通報を」
「ええいっ、いらぬ心配をするな!今のお前に何が出来る!誰か、誰かいるか!この娘を運んでやれ!腰がぬけている!」
青年は怒鳴った。目付きはきつくつり上がっているが、それでも美しさは失われない。いや、戦っているからこそ美しいのかもしれない。少女はバカのような顔をしたまま、こくこくと何度も頷いた。青年から発散される殺気に圧倒されたのである。
「はいはい」
しっとりと湿った声が響き、力強い手に持ち上げられ、肩に載せられた。目の位置が一気に高くなる。青年が再び大男と激しく刃を交わす。その刹那、大男が少女を睨み付けて吠えた。
「ウオオオオオオッ!」
「ひっ、怖っ、だ、だから何を言ってるか分からないです!!すいません日本語でお願いいたします!!」
「オオオオオオッ!」
「すいません、私はニュー〇イプじゃないんで分からないですーっ!!」
「んふふ、面白いことを言うねぇ。時間遡行軍に言葉は通じないよ?」
忍び笑いつつも丁寧な声で担ぎ上げてくれた男が言った。
「理性そのものはあるみたいだけど、いつもあんな感じだねぇ。堅物なのかもしれないね。誘っても食いついてこないしさぁ」
「は、はぁ。あ、あの、それよりあの人は大丈夫なんですか?」
「あぁ、長谷部くん?大丈夫じゃないかなぁ。彼、主の為なら何だってしちゃうからねぇ。きっと誉になるよ、あれは」
「そ、そうなんすか。その、ありが……おおおおおっ!?」
礼を言おうと見下ろした時、自分を運んでくれている者の正体に気付き、少女は雄叫びをあげた。
ひとつに結い上げた深緑の長い髪が、この上なく妖美だった。しかし、溶けたような美貌へさらに妖艶な気配をつけくわえた男の体は、怖気立つほどに血だらけだった。
「おや、そんなに僕が気になるのかい?」
男は微笑んだ。右目を隠してしまうほどに長い前髪が、さらさらと揺らめく。その隙間からのぞく赤い瞳が、少女を射るように見据えている。
「ちちちち血だらけ、血だらけじゃないですか、きゅ、救急車、救急車を!!」
「んふふ、これはただの返り血だよ?」
「ただの!?ただのって何がですが!?まるでラーメンのシミがついたみたいなノリで言わないで下さい!?てかめちゃくちゃ血がついてますよ!?」
「そうだよねぇ、洗濯で落ちるかなぁ。漂白剤とかで……」
「いやもう新しいの買ってください!?〇ニクロとか今セール中ですからね!?私モバイル会員なんで安くなりますよ!!いや、ちょ、そうじゃなくて……」
少女は慌てて目をそらした。
はじめて、周囲の有り様が目に入った。
学校とはあまりに違いすぎる。一瞬、夢を見ているのかと思った。
荒れ果てた高野。
そこで激しくぶつかり合う軍勢。
向こうから、大男と似た格好をした兵士たちが槍や刀を手に前進してくる。
手前に見えるのは……見目麗しい男たちが槍と刀で戦っていた。しかしみな、逃げ腰になっている。
「ここは、ここはどこなんですかぁぁぁぁぁ!ド〇えもぉぉぉん!」
妖艶とした美男子に運ばれながら少女は絶叫した。それは魂の悲鳴であった。
もう何がなんだか分からない。分かりたいのに、分かりたいけど、分からない、分からない、分からない。
「おおおおおおおおんっ!」
混乱が混乱を呼んで頭が飽和状態に陥った人間に相応しい反応を少女は示した。
どうしようもなく情けない話だか、失神してしまったのである。
●トリップだよ!全員集合! 2
そして、光が消えた。
×××
少女――城丸は走っていた。
見慣れた学校の廊下だった。どういうわけか懐かしさを覚える。くたびれているがよく磨かれている。しかし日当たりが悪いせいで、ひっそりした海底のように仄暗い。
足取りは軽かった。
今日は特別な日だからだ。
そう、卒業の日。
城丸は立ち止まった。懐かしい思い出がよみがえる。まるで露がしおれる庭をぬらすように、記憶が心と体を潤していく。
桜舞う入学式。
全力で戦い抜いた体育祭。
波うつ胸を弾ませた修学旅行。
そして、かげがえのない友達と一緒に過ごした日々。
全てが色あざやかに輝いていた。城丸はその光を胸に抱いて、廊下をかけ出した。着古した制服が風のように揺らめく。ほんのりと茶色がかった黒髪のポニーテールが羽のように弾む。
教室が見えた。たくさんの思い出がギュッと詰まったそこは、蜃気楼のような美しさをたたえて、城丸の眼前に展開される。
「やっべえええ!徹夜してコードギ〇ス見てたら寝坊しちゃった!」
などと言いながら、城丸は教室の扉に手を触れた。走りすぎて汗だくだった。こういう時に限って制汗スプレーを持ってきていない。深いため息を漏らしつつ、ポケットに手を入れた。ふんわりと柔らかいハンカチがあった。母がこの日の為に用意してくれたものだ。甘酸っぱいイチゴの香りがする。リラックス目的でゆっくりと嗅いだ。
「……おう?」
城丸は怪訝そうに眉を潜める。ハンカチから鉄分を含む匂いがしたのだ。これは血の匂いだ。嗅いだことなんてないけど、たぶんきっと人間の血だ。
ふと、背後から気配を感じた。
城丸は顔をあげる。すると待ちわびていたかのように、肉と骨がきしむほど強く肩を握られた。冷たい(どころじゃない)感触に、城丸の心は石のように固まる。得たいの知れないなにかが、絶えず、匂いのように漂っていた。それは底知れない憎悪を含ませて、熱っぽく流れている。
「ど、どどどどちら様でございますでありますか!?」
城丸は不自然すぎる日本語を口にしながら、おそるおそる振り返った。そこには見覚えのある、しかしいまは絶対に目にしたくない青年の顔があった。思わずたじろぐほど強い光を持つ澄んだ紫色の瞳。その瞳はあられもない憎悪がむき出しになっている。手入れが行き届いて艶のある髪が星のようにきらめいて、彼女を射抜く。
そして眉目秀麗な青年の顔に、無機質な微笑が刻まれ、嘲るような声が城丸に告げた。
「やっと見つけたぞ城丸」
「うあ、おあああああああっ!?」
悲鳴(といよりは絶叫に近い)をあげて城丸は飛び起きた。飛び起きて、あわてて周囲を見回す。
頭の片側がズキンズキンと鈍く疼く。気を失うまで、自分がどんな経験をしていたか、記憶がフラッシュバックを起こした。
学校の教室。
突然、空から地上に落下して……
白光。
謎の怪物に殺されかけ、
聖職者みたいな服装の美青年に救われ、
色っぽくて艶っぽい美男子が担いでくれて、
戦国バ〇ラみたいな大決戦をしていた戦場。
城丸は理解した。普段、己の欲求を満たすためだけに見ているアニメや、妄想を楽しむために読んでいるライトノベルからその手の知識を得ているせいで、自然と納得してしまう。
「……も、もしやこれが異世界召還ってやつですか!?いや、二次元でドリームしちゃったりするアレですか!?」
「んふっ、どうやら目を覚ましたようだねぇ」
「!?」
城丸は猫のように目を見開いた。部屋の隅に、人が正座していることに初めて気づいた。今の今まで気配も感じなかった。間違えなく万引きGメンの素質があるだろう。それもきっと歴史に名を刻むほどの素質だ、タダ者じゃない。身構えるように布団をはねのけ、相手に向けて正座した。
「お、お疲れ様ですっ!?えっとあのその、あなたは何年何組のお方でございますか!?」
などと訳のわからない言葉を言いながら、それまで陰になっていた相手の姿を確認する。
眼前には、甘ったるい微笑みをたたえている美男子がいた。その顔には見覚えがあった。忘れるはずもない。気を失う直前、城丸は血まみれで笑う深緑の髪の男を目にしていた。彼がそうだと思った。確証はないが、不思議と確信していた。
「あっ……もしや私を担いでくれたお方でありますか!?」
「んふふっ、面白いしゃべり方をするねぇ。そういうの流行ってるのかい?」
「ええ、ええ、そりゃもう、ああああの」
「君、ひょっとして話すのが苦手?」
「いや、え、あの、そうじゃなくてですな、ちょっと頭がパニックを起こしてまして、はい。その、すいませんあなた様のお名前は?」
「そんなに僕が気になるのかい?」
美男子は笑った。城丸の間近、膝をつき合わせるような場所に座って彼女を見つめている。これがドリームな小説なら、このまま甘ったるい18禁展開に突っ走るのだろうなと、城丸は豚の餌にもならない妄想を繰り広げた。それ今やることじゃないだろ。
「僕はにっかり青江」
「にっかり?」
「そ。にっかり青江」
「あー……あれですか、コードネーム的なやつですか?どっかの私設武装組織みたいに、個人情報の秘匿義務が課されてて、メンバーのほとんどはコードネームを名乗らなきゃいけない的な」
「本名だよ?」
「え、あ、そうですか。あー……な、なんというかアレですね。個性的というかなんというか」
「君の名前は?」
「あ、自分は城丸です。1993年生まれ。東洲高等学校の3年生で、部活は剣道。バイトは東洲駅前のケーキ屋で……」
「おや、全部教えてくれるのかい?君って大胆だねぇ」
「あ、そんなそんな。……てか、私今どんな状況なんですかね?」
「それを知りたくてこうして聞いてるんだけど。ま、君も君でいろいろと疑問を感じちゃうよねぇ」
美男子、にっかり青江は城丸を見つめたまま続けた。彼の声は美しい。舌や喉ではなく、胸の奥から脳へダイレクトにささやきかけてくる、奇妙なほど甘い声。一部特定の人々が喜びそうなスペックだと、城丸は判断した。
「本当なら、僕らの主に会わせるのが一番いいんだけどねぇ」
「にっかり青江さんのご主人様……?もしかしてアレですかね、鞭とか縄とかローソクとかある系の」
「んふふっ、君も好きだねぇ。主君という意味だよ?それから、僕はにっかりでいいよ」
「それでにっかり先輩の」
「先輩?」
「あ、すいません。にっかり先輩、年上の方ですし」
「いいねぇ。それで構わないよ?」
「あ、はい。それでにっかり先輩のご主人様というのは」
にっかりは立ち上がった。立ち上がって、ゆっくりと部屋を歩き出した。ひと目で、何か武道で鍛えられた肉体であるとわかる。やや細身だが弱々しくない。雄特有の圧倒的な力強さを感じた。
「いなくなってしまったんだよ」
にっかりの険しい声が響いた。といっても、他者を意味もなく不快にさせる空気をまとっているわけでもなかった。どちらかといえば冷静で、どこか落ち着いたものを感じさせた。城丸は眉を潜め、もう一度彼を見る。にっかりは悩ましげに目を伏せたままだった。
「僕らが本丸に帰ってきた時にはもういなかった」
「……ほんまる?」
「そ。僕ら刀剣男士の本拠地。そして僕らをまとめるのが審神者である主。その主がいなくなってしまったのさ」
「いや、あの」
城丸は汗をかきながら質問した。数えきれないほどの疑問が音をたてながらわき起こり、頭が混乱していく。
「えっと、とーけんだんし?色々と突っ込みどころ満載なんだけど、サニワって何ですかね?ハニワじゃなくて?」
「僕ら刀剣男士達を顕現する者。眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる技を持つ人間のこと」
「あー……。にっかり先輩はファンタジーでいうところの精霊みたいなもので、サニワなるご主人様は精霊術士ってことですよね。ベ〇セルクとかド〇クエみたいな?」
「面白い解釈をするねぇ。まあ、当たらずとも遠からずってところかな?」
「で、そのご主人様が行方不明。その直後に私が異世界召喚された的な……あー」
城丸は頷いた。頷いて、思わず唾を飲み込んだ。喉が渇いていた。腰が引ける。太股がぶるぶると痙攣した。ようやく一番大切な事に気がついた。どんな事態でも、周囲で起きていることを知るのが重要なのだと思い出した。
「もしかして私めちゃくちゃ怪しまれてます?ご主人様消失事件の容疑者みたいな」
「そうだねぇ……。僕は重要参考人ぐらいに思っているかなぁ。長谷部くんは容疑者だと思い込んでしまってるけど」
「あ、マジすか」
「だからこうして君を拘束しているんだよ?」
「こ、拘束?」
「んふふっ、気づかない?」
にっかりはさっと微笑めいたものを浮かべ、顔を近づけてきた。盛り上がるほどの首の筋肉がたくましい彼は、太く低い声で城丸に囁いた。
「周囲を見てごらん?」
「え、あ、はい」
思わず胸が高鳴った城丸だったが、できる限り姿勢をただし、年相応の態度を示した。奇妙な引っ掛かりを覚えたものの、その全てを無視する事にした。
そういうことで城丸は部屋を見回した。
ほんの少し殺風景ではあるが紛れもない日本間。広さは16畳程度。床には上質な畳が敷かれており、それなりの日本間だった。だがしかし窓らしき場所には、日本間と称するには不自然なものがはめられていた。どっしりと重みのある鉄格子。それが何を意味するか分からないほど、城丸は愚かではない。
「これまさか座敷牢ですか?」
「そう、それ」
「じゃあにっかり先輩は私を看病してくれてるわけじゃなくて」
「君の監視役だねぇ」
「マジすか」
「マジだよ?」
「ええええええええええええええ!?」
城丸はあんぐりと口を開けた。顔面は蒼白になっている。自分が気絶している間に、事態は最悪すぎる状況に陥っていた。
ドリームな二次小説なら、こういう時チートな特殊能力を得て大活躍するはずなのに、自分はただ罪人扱いされてるだけ。召喚された直後もそうだ。惨めたらしく泣き叫んで気絶して終わった。ドリームな二次小説なら、あそこは魔法的な何かを発動させる重要な場面になるはずだ。それなのに自分は特に何をするわけでもなく、ただ鼻血を噴射していただけ。モブ以下の扱いだ。
「私の初期配置サイアクだなっ!?異世界召喚ですよねこれ!?私のドリームな主人公設定はないんですかっ!?もうちょっと福利厚生しっかりしてないとダメじゃないですか!?ギ〇スとかチャ〇ラとか錬〇術とかないと、私みたいなゆとり世代は納得しないですよ!?」
「おやおや、ちょっと錯乱気味だね?生理前かい?」
「そういう話じゃないですって!!つーか異世界召喚なら、私を召喚させたイケメンの神様どこにいるんですか!?」
「それは僕もちょっと分からないけど、イケメンの神様なら後ろにいるよ?」
「え?マジすか?」
城丸はさっと後ろを振り向こうとした。
すると待ちわびていたかのように、肉と骨がきしむほど強く肩を握られた。冷たい(どころじゃない)感触に、城丸の心は石のように固まる。得たいの知れないなにかが、絶えず、匂いのように漂っていた。それは底知れない憎悪を含ませて、熱っぽく流れている。
あれ、これ夢で見たやつと同じゃ……。
「ど、どどどどちら様でございますでありますか!?」
城丸は不自然すぎる日本語を口にしながら、おそるおそる振り返った。
そこには見覚えのある、しかしいまは絶対に目にしたくない青年の顔があった。思わずたじろぐほど強い光を持つ澄んだ紫色の瞳。その瞳はあられもない憎悪がむき出しになっている。手入れが行き届いて艶のある髪が星のようにきらめいて、彼女を射抜く。
「目を覚ましたようだな、このど阿呆う。主について洗いざらい話してもらうぞ!!」
あ、やっぱりこれ夢で見たやつですね。
●トリップだよ!全員集合! 3
宇宙歴2205年――。
ビームサーベルが漆黒の闇を切り裂き、強烈な閃光を発した。しかしそれだけだった。ビームサーベルの刃を受け止めた人型刀剣兵器――にっかり青江九八式のビームキャンセラーが強制発動したのだ。青江の各部に増設されたカメラとセンサーが全力で動きだし、敵機を捉える。
「――おのれぇっ!」
フレイラム・ヴァース・ファルシア皇女は忌々しげに叫んだ。
「我が愛機、へし切り長谷部九五式でも屠れぬというのかっ!」
「これが刀剣マイスターの力だぁっ!」
接触通信を介して、城丸は大声で言った。メインスラスターをフルブーストさせ、フレイラムの長谷部を地球圏外に押し出した。いまの一撃だけで機体に30パーセント以上のダメージを受けている。
その衝撃によって、ヴァース皇国・皇位継承権第一位・フレイラム皇女の豊かな胸が激しく振幅した。
「くっ、無礼者めっ!たかが下女の分際でこの私に触れるなぁ!」
フレイラムは怒鳴った。コックピットに搭載されている無数のパネルモニターは警告だらけになっている。彼女は統合戦術パネルを再起動させ、フットペダルを強く踏み込んだ。長谷部のありとあらゆる場所から、深い紫色の光粒子が放出し、青江を追撃する。
「さっすが皇女殿下様……が、次は石灯籠みたいに駆逐してやろうかなぁっ!?」
「戯言を申すな、下女め。我がヴァース皇国に仇なす敵は、このフレイラム・ヴァース・ファルシアが駆逐する!」
「はぁーっ!?歴史修正とか言って地球侵略をしでかす木星のお姫さまに言われたくありませぇーんっ!!」
「地球の重力に縛られたままの原始人には分からぬであろうなぁっ!!」
「あんただって箱入り娘の夢見がちなお姫さまだろうーがぁっ!!」
「貴様ぁっ!」
「このぉっ!」
戦場と化した宇宙の中を、二機の人型刀剣兵器が駆け抜けていく。長谷部は紫色の光粒子を、対する青江はネイビー色の光粒子を輝かせながら、激しくぶつかり合う。もはやその戦いは、常人のついてゆけるものではなかった。
宇宙戦艦クサナギのブリッジで、炎そのもののような二人の戦いを見守る者達がいた。
「へし切り長谷部九五式、にっかり青江九八式、さらに加速!すでに限界値を超えています!」
オペレーターの冬島ほとりが悲鳴のような報告をもたらした。
「このままではTOUKEN RANBU、強制作動します!」
「……これがサニワタイプの戦いというやつか」
艦長の山田はブリッジの壁を殴る。拳から生じる痛みを無視して、部下の報告に応じた。
「……人類は宇宙に進出してもなお、戦争を止める事は出来ず、尊い命を吸い上げ糧にしつづけた。その罪を問うように生まれたのがサニワタイプ。我々人類をはるかに凌駕した新人類」
「か、艦長?」
「しかし人類は過ちを正す事は出来なかった。それどころか、彼らの存在すらも戦争の道具にしたのだ。サニワタイプの能力を最大限に発揮する事の出きるTOUKEN RANBU、それを動力源とする人型刀剣兵器を開発して、彼らを戦場に放った。そう、刀剣マイスターという名の殺戮兵器に変えたのだ……」
山田は厳しい表情で頷いて、唇を噛みしめた。彼の愛娘は刀剣マイスターだった。生まれ育った地球を守る為に戦い、その命を散らした。軍帽を深々と被りなおして、ようやく命令を下した。
「放っておこう。サニワタイプ同士の戦いの前では、我々のサポートなど無意味だ。それに、城丸がフレイラム皇女をひきつけていれば、味方は敵防衛戦を突破できる。弾幕を薄めるなよ!我々は戦争をしているのだ!」
人型刀剣兵器の威力は圧倒的だった。
「――隠れようが無駄だ!私の攻撃は防げぬぞっ!」
フレイラムは不敵な笑みを浮かべた。長谷部の両肩に装備されたダブルキャノンのレーザー光線が、猛烈な勢いで青江へと斉射される。何の予備動作もない、流れるような攻撃だった。
この美しく気高い皇女の脳は澄みきっていた。冴えているのではない。見えてしまうのだ。ヴァース皇国の最先端技術によって生まれたコンピューターよりも先に、青江の未来位置が脳内に浮かびあがるのだ。その奇跡ともいえるサニワタイプの能力を駆使して、レーザー光線を連射しつづける。
「おっと、危ない危ない!どこかで見た動きだなぁ!?」
その攻撃を紙一重で避けながら、城丸はファンネルボールを放出した。フレイラムの長谷部はそのすべてをビームサーベルで破壊していく。
「あはははっ!やはり原始人の動きは単調でつまらんものだなぁっ!」
「はぁっ?そんなに油断してたら殺しちゃうよ、お姫さまぁああああ!」
城丸は強引な減速とともにフレイラムへ機体正面を向けた。その強引すぎる動きの中に、サニワタイプの優れた能力が秘められているのだ。まさに狂気そのものだった。
「狙い撃つぜこの野郎ぉぉぉぉっ!!」
城丸はためらいなく、ハイパービームライフルのトリガーを引いた。捨てきれない動力炉の余熱によって灼熱している青江の銃口からは、青白いビーム光線が次々と放たれる。
「やらせるかよ!フレイラム・ヴァース・ファルシア、あんたにだけはやらせない!歴史修正という名の侵略行為をするクソ野郎なんかにぃ、やらせてたまるかよぉ!」
「笑止っ!」
フレイラムは高らかに笑った。裂帛の気合いとともに、次々と襲いかかってくるビームライフルの光線を、軽々と回避していく。サニワタイプの能力を使って、城丸へ呼びかける。
「サニワタイプでありながら、愚かな人類の奴隷に成り下がった貴様にだけは言われたくないわっ!同じサニワタイプだと思いたくもない!吐き気がする!私は導くのだ!選ばれしサニワタイプとして、新たなる世界を創造するのだ!戦争も差別もない平和で優しい世界を――」
「あーっ!!中二病全開な発言するんじゃねぇよこのブス!」
「ぶ、ブスだと!?無礼な!私のどこかブスだと言うのだ!?」
「うるせー!こんな中二病患った発言を堂々とするような奴はブスに決まってんだよブス、ブース!」
「黙れこの年増!婚期に乗り遅れた負け犬が!」
「はぁぁぁ!?私はまだ18だっての!」
「はっ、やはり年増ではないか!私は今年で14になる。婚約者だっているし、キープの男もいる。はははっ、年増の嫉妬は醜いものだなぁ!?」
「ちっ、マジで中二だったのかよ。アイタタタな発言ばっかりしやがって!てかさりげに二股宣言するとか最低なお姫さまだなっ!?」
「貴様のような年増には縁のない話だ」
「くそぉぉぉぉ!中二病でリア充とかチートすぎだろうがぁぁっ!いいからもうとっとと爆発しろぉぉ!」
城丸の意識が一点に集束する。
サニワタイプの発する特殊な脳波であるサニワウェーブが、流星のように強烈な光を発して、瞬く間に身体中を駆けめぐる。その瞬間、青江の巨大なメインモニターに白い文字が浮かび上がった。
城丸という生物の根幹、そのさらに奥底に宿る大いなる力が、TOUKEN RANBUを強制作動させたのだ。
「よっしゃキタァァァ!!待ってたぜTOUKEN RANBU!!」
城丸は歓喜の声をあげた。TOUKEN RANBU。人型刀剣兵器の心臓部にして中枢制御ユニットにして、刀剣マイスターの源。これを強制作動させることはすなわち、サニワタイプの力を最大限に発揮するに等しい。
力がわき出た。意識も増幅されていく。その全てを放出するかのように、城丸は雄々しい声で叫んだ。
「にっかり青江九八式、目標を駆逐するっ!俺が、私が、刀剣マイスターだぁぁぁぁ!うおりゃぁぁぁっ!」
ペダルを踏みこみ、長谷部へと迫る。恐るべき加速だった。TOUKEN RANBUによって、エネルギーのすべてがパイロットである城丸の内部に集結していく。頭をよぎるのは、自分の死ではなかった。地球でも宇宙でもストレスを抱えまくってる者だけが発揮できる力が、青江を飛翔させ、恐怖を忘れさせる。
城丸の思うままに、青江が宙を舞い、美しい光を放ちながら敵をなぎ倒していく…………はずだった。
「あれ?」
……いつの間にか青江は動かなくなっていた。城丸は眉をひそめる。
「おーい!?今めっちゃいいところだったんですけどーっ!?聞いてますかにっかり青江九八式さーんっ!?」
パイロット専用通信機から、妙に冷めきった声が流れてきた。
『盛り上がっているところ悪いけど、そろそろ飽きてきたよ』
「え?」
『刀は戦ってこそだけど、こういうのはちょっと違う気がするんだよねぇ……』
「違う?違うって何が?」
『そうだねぇ……強いて言えば全部かな?』
「全部?」
『うん、全部。お楽しみのところ悪いけど、ここで終わりにしようか?』
「……は、はぃぃぃっ!?あんた何言ってんのっ!?大丈夫!?本当にそれでにっかり青江なのっ!?てかこのタイミングでそりゃねぇぇだろうがぁぁっ!?これじゃまるで打ち切りアニ――」
その瞬間、青江はレーザーの直撃を喰らってただの残骸になった。刀剣マイスター城丸は、真のサニワタイプに進化することなく、別の次元へと消え去った。
×××
「…………という流れから、城丸ちゃんは僕らの世界に転生したんだ」
にっかりと満面の笑みを浮かべて、青江はお茶を飲む。ゴクゴクと喉に流し込んで、悩ましげに息を吐いた。挑発するように柳眉を下げる。
「今ので大体は分かっただろ、長谷部くん」
「ああ、貴様が重度の妄想癖と虚言癖の持ち主であることがよく分かった」
へし切り長谷部が何かを斬り捨てるような声で言った。普段とはまったく異なる、とてつもなく冷えたものを感じさせる口調である。彼はその態度と声のまま、本丸有数の脇差刀であるにっかり青江に告げた。
「貴様の話を一時間近く真面目に聞いていた俺がバカだった。もういい、貴様は何も喋るな」
「場の空気を少しでも和らげようと思ったんだけど、ちょっと違ったかな?」
「場の空気を乱したいだけだろ!」
感電したような勢いで長谷部は立ちあがり、机を叩いて叫んだ。湯のみ茶碗が床に転がり落ちる。彼は気に止めた様子もなく、目の前で呆然としている女子高生を指さした。
「この娘が戦場に落ちてきたと同時に主がいなくなった!その点を考えるならば、怪しむべき余地が充分にあるだろう!?どう考えてもこのど阿呆が怪しい!貴様、主をどこへ隠した!?答えろ!」
「…………すいません、一ついいですか」
女子高生――城丸は両の手で拳を握りしめ、長谷部と青江を見つめた。肩が震えている。
「何だ?罪を認めて自白するつもりか?」
「いや、その、自分は何も知らないっす。てか、その前に訊きたいことがあって」
「何だ、言ってみろ」
「……にっかり先輩のお話だと、私完全に死んでますよね?完璧に死にましたよね?」
「おや、僕に訊いてるのかな?」
「いやあんたが話したんだろ!?何ですか宇宙歴2205年って!?サニワタイプって何!?刀剣マイスターって何!?てか人型刀剣兵器ってヱ〇ァンゲリヲンかよ!!」
「んふっ、こういう話嫌いじゃないだろ?」
「とりあえずガ〇ダムにしとけば大丈夫でしょ?みたいなのやめてくれよ!?打ち切りアニメみたいなノリで殺された私の身にもなってくれよ!?しかもすげぇ中途半端な場面で死ぬとかモブ以下の扱いじゃね!?てか地味にガ〇ダム00のパロディー入れてくるの何かの嫌がらせかよ!?謝れ!!全世界のガ〇ダムファンに今すぐ謝れ!!」
「おやおや、そんなに怒っていたらシワが増えてしまうよ?」
「だぁーかぁーらぁー!」
「いい加減にしろ!話が進まん!お前らはもう黙れ!このへし切り長谷部の質問にだけ答えろ!」
長谷部は心の底から怒ったような表情を浮かべた。忌々しげに唸り、床に転がり落ちた湯のみ茶碗を拾う。
「主がいなくなったというのに、貴様はそれでも刀剣男士なのか……」
「僕らの主もガ〇ダムが好きだろ?何だか近いものを感じてね」
艶やかな深緑の髪をさらさらと揺らしながら青江がうなずいた。女達を参らせてしまう美貌が妖しくきらめいた。
「ガ〇ダム好きに悪い奴はいない……主がよく言ってたよねぇ。本当かどうか僕には分からないけど、城丸ちゃんは主と同じくらいガ〇ダムが好きなんだと思ってさ」
「……だから何だと言うのだ?」
「いや、これといって深い意味はないかな。でも主と友達になれそうだよね、彼女。主の友達に悪い人間は一人もいない。だからかな、疑う気になれないんだ」
「に、にっかり先輩!」
城丸は勢いよく立ち上がった。目を必要以上に輝かせ、微笑とともに言った。
「さっきはひどい事を言ってごめんなさい!にっかり先輩だけは私の事を信じてくれると思っていました!」
「清々しいほどの手のひら返しだねぇ。ま、それが君の良い所なのかもしれないよね」
「ありがとうございますっ!私は無実なんです!高校の卒業式に出席しようとしたら、突然、元気な光の玉に包まれて、それで気づいたら空から落ちてて!!あの、にっかり先輩と長谷部先輩のご主人様については何も知らないんです!!本当なんです!!」
「だってさ、長谷部くん」
青江はそれきり何も言わなくなった。会話に飽きてしまったらしい。退屈そうに髪をいじり出す。
長谷部は眉を寄せ、ため息を吐きたいおもいで城丸を見た。城丸は泣きそうな顔をしている。あまりにも常識はずれな態度だった。しかし怒鳴り付ける気分にもなれず、諦めるように腰をおろした。掠れた声で呟く。
「……もうすぐ第一部隊が遠征より帰投する。主の近侍である加州清光には報告済みだ」
「近侍?」
「主のお世話係のことだ。貴様の処遇については、加州清光の判断に任せる」
「は、長谷部先輩……!私を信じてくれ――」
「勘違いするな。俺は貴様を信用してない。にっかり青江が何をほざこうと、主がいなくなられた事実は変わらんのだ」
「あ、あの……」
城丸は複雑な表情を浮かべた。嫌な予感がする。出きるならば当たって欲しくない類いのものだ。脳が疼きはじめる。
「も、もしその加州清光って近侍さんが信じてくれなかったら、私はどうなるんですかね……?」
「主に仇なす敵は死罪となる」
「死罪……!?マジすかっ!?この民主主義の日本で!?いやまぁ日本にも死刑制度はあるけど、冤罪を防ぐ為に被告人には弁護士を――」
「貴様の意見など聞きたくもないが、それを含めて加州清光が判断する。それまではこの座敷牢で大人しくしていろ」
「で、でも」
「聞きたくないと言っている!」
城丸は目を見開いた。自分の感情が蒸発するように消え失せてゆくのを感じていた。脳がさらに疼きだす。嫌な予感の理由がようやくわかった。
(ガチで打ち切りアニメの最終回じゃないか……)
オタクになってからずっと夢見ていた異世界トリップ。そこで繰り広げられる冒険とロマンに酔いしれてみたかった。主人公らしい特殊能力を開花させ、大活躍したかった。しかし現実は違った。たいして面白くもないアニメのように、雑で突っ込みどころ満載な展開ばかりだ。
そして用済みとばかりに殺されようとしている。
城丸は唇を噛んだ。分かったような気がしていた。だが、分かりたくもなかった。だからこそ考えないことにした。そうしなければ自分の中にある何かが壊れてしまう気がした。
その何かについて答えを導き出す時間が残されているか、城丸には分からなかった。
●オタク活動・前編
城丸の寝室はまさに異界そのものに変じていた。
どんよりと空気がよどみ、どう表現していいか分からない匂いが漂っている。寝室のど真ん中に配置されたコタツには紙が山積み、周囲には薄っぺらい漫画や雑誌が無造作に放り出されていた。床には分厚いカーペットが何枚も張り付けられ、黒いインクがうっすらと付着している。
「うんっ……」
場違いなほど甘い声が響きわたった。言うまでもないかもしれないが、声の主は佐脇水花である。コタツの対面で突っ伏していたが、何かに引き寄せられたかのように、ゆっくりと顔をあげた。
その姿は、美しくも儚い乙女のイメージをぶち壊しかねないほどに、恐ろしいものだった。可愛らしい黒髪のツインテールは見る影もなくぐじゃぐじゃ、顔はむくれ、愛くるしい目の下にはうっすらと隈が出来ていた。男の愛撫を受けとめる為にあるような唇は、悲しいぐらいに青ざめている。
「あっ、ダメ……大切な原稿を汚しちゃう……」
佐脇はそう言うや否や、コタツの脇に置いてあるティッシュの箱をとり、美貌の石切丸とにっかり青江が蛇のようになって全裸で激戦をくりひろげている作品の下書きをぽんぽんと叩いた。彼女が身につけているのは、ド〇えもんのイラストがプリントされているトレーナーに半纏(はんてん)という、誰がどう見ても残念すぎる代物だった。
「さ、佐脇ちゃん、大丈夫?」
この部屋の主である城丸は、ひどく心配そうな顔をして佐脇にたずねた。そう言うこのオタクも、『俺たちがガンダムだ』などとプリントされているよれよれのジャージ上下に半纏という、いかにもなファッションで身を包んでいる。
「……キャラクターの描き分けの難しさを痛感します……それに構図やアングル、ポーズがいつも同じになってしまうんです……」
佐脇は悲しげな表情を浮かべ、目をうるうるとさせている。
「せっかく城ちゃんが色々教えてくれたのに……私、私……にっかりさんと石切丸さんの良さを描ききれていないんです……」
「あー、絵描きあるあるだねぇ。そのうちゲシュタルト崩壊おこして気持ち悪くなってきちゃうんだよねぇー。そうなる前に少し休んだ方がいいよ」
「そんなのダメです……!」
腐女子の階段をかけ上がってしまった美貌の乙女は両手で顔を覆った。
「でも、なにを描いても違う気がしてしまうんです……どれだけ描きなおしても、どれだけネームを直しても、にっかりさんも石切丸さんも、どんどんおかしくなってしまって……。この場面でにっかりさんはどんな台詞を言うのか、あの場面で石切丸さんはどんな表情をするのか、どんどん分からなくなって……でも描かないと、石かり(石切丸×にっかり青江)の時間が止まってしまうんです……だから、だから私……」
「分かる……めっちゃ分かるわそれ……描かないとめっちゃ不安になって描こうとするけど、さらに迷いこんで出られなくなっちゃうやつな」
「し、城ちゃん……そうなんです……原稿の締め切りまで時間がないのに……私もうどうしたらいいか……」
「佐脇ちゃん……」
「私、どうしても完成させたいんです……!だって石かりが大好きだから!だから、だから私の大好きな石かりを、その物語を形にしたいんです……!」
……台詞だけ読んでると意味が分からないが、要するに何かを作っている人が製作過程70パーセントあたりで陥る“煮詰まり”という奴である。いやまぁ、本当に厄介なんですよね。一度煮詰まると進みたくても進めなくなるし、どんどん焦ってしまうから、さらに煮詰まる。だからここで筆を 折る人もいるのです。一種の病みたいなものですな。
「さ、佐脇ちゃん……まさか、まさかそんなに同人製作のことを……!」
城丸はぐっと唇を噛み、両の拳を強く振るわせた。どういうわけか、目には涙が浮かんでいる。そのせいでレンズが半透明化している眼鏡が、薄気味悪いぐらいに濡れた。その眼鏡をくいっと上げると、狂ったように叫びはじめた。
「偉い……!偉いよ、佐脇ちゃん……!!自分がいまいるレベルと向き合って、それによって傷ついて苦しんでも弱音を吐かず、心身ともに不調になるようなスケジュールを呪いもせず、ただただ自分の心のなかにある妄想、その夢を形にする為だけに全力になる……!すごい、すごすぎるよ佐脇ちゃん……!マジで尊敬するレベルだよ!」
「そ、そうでしょうか……私は石かりが好きなだけで」
「そこなんだよ!そこがすごく大切なことなんだよ!あのね、佐脇ちゃんのやっていることは創作なんだよ!二次創作だからとか腐向けとか特殊とか夢小説とか関係ないんだ!自分の妄想や夢、そして感性を形にすることは創作なの!すごいことなんだよ!」
城丸は勢いよく立ち上がった。オタク特有の、異常なほどたかぶった様子で両手をふると、佐脇へ力強く訴えかけた。
「私たちは創作活動をしているんだ!!どうしてプロでもないのに活動しているんだ!?そして私たちの目的はなんだ!?SNSでたくさんイイネをもらう事か!?SNSで注目される事か!?そして神絵師にパワーアップする事か!?違う、断じて違う!!それも嬉しいけど、そうじゃないんだよ!! 創作を形にする事だ!!プロの世界では絶対に不可能な……自分の好きを形にした作品を見たい人に見てもらう事だ!!そしてそれはとんでもないくらい幸せな事なんだよ!!喜びだ!!だから私たちは楽しく遊ぶ!!したいように、やりたいように遊ぶ!!その結果傷つく事になっても遊ぶんだ!!苦しい時も辛い時も、どんな時でも遊ぶんだ!!孤独なんか恐れるな!!くだらないが故に生まれる虚無感すら楽しみに変えて、私たちは全力で創作活動をするんだ!!だから、だから……!!」
城丸はわなわなと全身を震わせながら、高らかに叫んだ。
「私が私である為に、これからも好きを形にしなくちゃいけないんだーーっ!!」
「し、城ちゃん……!!」
佐脇は涙でいっぱいの目で城丸を見つめ、神へ祈るように手をあわせた。歓喜に満ちあふれた顔をして、決意の言葉を口にする。
「私やります。どんなに辛くても苦しくても、私の大好きな石かりを形にしてみせます」
「分かってくれてうれしいよ、佐脇ちゃん!」
「二人で頑張りましょう。いえ、絶対に形にしましょう。石かりの聖書と言われるぐらいの本を作って、この界隈の方々から注目されるぐらいになりましょう」
「うん、石かりマスターになろう!」
「はい!」
二人は喜びを噛み締めあうように、強く抱きしめあった。それは決意の証そのものだった。これからもずっともがき苦しみ、そして傷ついていくこと、その全てを覚悟したのだ。
×××
「……石かりマスターねぇ」
真っ暗闇の中で、にっかり青江は呟いた。その声には粘り気があり、聞く者を不快にさせる力があった。
「ここしばらく“お預け”になっているから、ちょっと変だなとは思っていたけど……」
扉の前で身を潜ひそめる青江は、わずかに目を細めた。満月を溶かしたような左目の奥底で、鈍い光が生じる。皮肉な形に唇をつり上げ、冷笑してみせた。
「お盛んなぐらい励んでいたんだねぇ……アイタタタな属性の人と……」
青江は壁にもたれかかって両腕を組んだ。無機質と称すべき顔で、冷たい息を吐きだす。闇の一点を見つめる。
「僕を怒らせたらどうなってしまうか、ちゃんと教えないといけないねぇ……。佐脇ちゃんにも、あのアイタタタな属性の人にも」
●オタク活動・後編
美しいアニメソングがゆったりと流れていたが、城丸のコブシを効かせた歌声によって、何もかもがぶち壊されていた。
「未来は誰にも撃ち落とせっなぁ~いっ」
妙に力強く歌っているが、誰かの心に響くほどの何かがあるわけではなかった。どちからといえば音痴の類いに入るかもしれない。要するに、城丸の歌声は微妙そのものだった。が、当の本人は実に楽しげである。
アニメの聖地で購入したガ〇ダム00のプリントTシャツにジャージボトムス(学校指定ジャージ)というファッションで、コタツのテーブルにむかい、せっせと原稿の下書きを仕上げている。
「……ジャストワイルドビィード!コミュニケェーションッ!雨にぃ~打たれながぁら~!」
と城丸は次から次へとアイタタタな歌を熱唱し続けている。さきほどまでは、燃え上がれ×2とか、アニメじゃない×2、とかまぁ宇宙世紀ガ〇ダム全開な歌を絶唱していたのだが、どうやら今は平成ガンダムソング編に突入しているらしい。オタクのハイテンションは伊達じゃないというべきだろうか。
「会いたかったぞ、ガンダムぅーッ!この気持ちまさしく愛だぁーッ!あえて言わせてもらおう、グ〇ハム・エーカーであるとぉッ!」
……かの有名なグ〇ハム隊長の名台詞を、イントロで連呼するオタク娘を褒めたところで何があるってわけでもないが。
このオタク娘もさることながら、お部屋の中もどうしようもないくらいカオスであった。
コタツのテーブルには原稿や資料集が積まれている。内容は言うまでもないもしれないが、なんかややこしいポーズで絡み合う石切丸とにっかり青江(全裸です)が描かれている。その隣にはでっかいスケッチブックがおかれており、様々なポーズをとった石切丸とにっかり青江がびっしりと描かれている。
要するにまぁ、年に二回行われるオタクカーニバルを二週間後に控えた、プロではないけどプライドと熱意がある作家そのものである。部屋の片隅にあるホワイトボードには、何やらスケジュールがびっしり書き込まれており、この山積みにされた原稿がそれに合わせて製作されていることが分かった。
異常極まりない空気が部屋を包むころ、一通り歌い終えた城丸がサッと立ち上がった。何かの決まり事でもあるかのように、肩まわりのストレッチを始めた。バキボキすごい音が地獄じごくの底から響くみたいに鳴る。 トレードマークの太眉をひそめ、誰ともなく呟いた。
「んぁ~っ!肩凝りやっべぇぇぇ!でもまぁやっと終わりが見えてきたぞいっ!」
「それはお疲れ様だねぇ」
「そうなんだよぉ~。この石かり本(石切丸×にっかり青江)で納税所から睨まれるぐらいの売り上げを出してやるぜぃっ!」
「へーえ、それはすごい」
「ところで佐脇ちゃんはどこへ行っちゃったんだろう~」
「汚れてしまった体を洗い清めにいったよ。お風呂って意味だよ?」
「あ、そうなんだぁ~」
「そうだねぇ」
「あっははははは」
「んっふふふふふ」
「ところで一ついいすか?」
「何かな?」
「何の気配もなく部屋に入ってくるのやめてもらえませんかね、青江先輩」
そこでようやく、城丸は後ろを振り返った。
原稿が散乱する部屋の中、壁にもたれかかり、妖しく笑うにっかり青江がいた。むせかえるほどの甘い色香が、おそろしく淫らなものに思えてならず、城丸は息をのんだ。甘い、甘すぎるのだ。その身にまとうダサいジャージすら、鳥肌が立つほどの甘美な香りを漂わせている。どう見てもただのいも臭いジャージなのに、だ。
「君が激しく熱く、荒々しく歌っていたものだかねぇ…。声を掛けるタイミングを見失ってしまったよ」
魔性と称すべき要素を全て兼ね備えている青江は、それに相応しい態度を示すかのように、気だるげに小首を傾げた。これだけで一部特定の人間(女に限らず)は、安らかに天へと召されることだろう。
城丸は小鼻をふくらませ、おそるおそる訊ねた。
「い、いつから見てたんすか?」
「燃え上がれ×2のところからだねぇ」
「え、それ初めの頃からいたってことですよね?」
「独創性にあふれた、アイタタタな歌ばかりだったねぇ……。音楽に合わせて口でSEを入れる君の顔は、まるで産卵中の鮭のようだったなぁ……」
「言い方ひどくないすかっ!?いじめですよそれ!?てかそれがガ〇ダムWのど定番なんですよ!!オープニングに合わせて、ブゥゥゥゥン ズキュォォォン ダダダダダダ ブッピッガァンってガ〇ダムの銃撃音が――」
「そんな馬の餌にもならないような解説をしている君は、今の今まで何をしていたのかな?」
ため息をもらした青江は、床に落ちていた原稿をひろいあげた。失敗した石かりの原稿である。ただし、肉感あふれるにっかり青江の裸体、太くてたくましい石切丸の棒(察して下さい)、とろけてしまいそうなほど官能的な描写、とまぁ一部特定の人間が大喜びするポイントはしっかり押さえられているのは、城丸の才能だろう。
もちろん、青江にとっては侮蔑の対象でしかない。
「……これは何かな?」
「そ、それは」
「この化け物みたいに大きな石切丸さんの棒を、無理矢理ねじ込まれているのは僕だよねぇ?」
「………………」
城丸、無言のまま取りあげようとする。青江はすっと手をそらせ、原稿をひらひらとさせた。冷笑してみせる。
「こんな化け物みたいな棒が、現実にあると思っているのかい?これじゃまるで、石切丸さんの機動力が遅いのは、全部棒のせいみたいじゃないか」
「こ、これは夢なんですよ!!」
城丸は即答した。声は痛々しいほどに裏返っている。
「これは夢、夢なんです!!誰も覚悟なしに傷つけてはいけない大事な夢です!」
「それって君と佐脇ちゃんの夢って意味かい?」
「そ、そーなんす!!そーなんす!!」
「へーえ……。太くてたくましい石切丸さんの棒で貫かれるにっかり青江を、佐脇ちゃんは夢見ているのか……」
「そ、そういうわけではないですって!」
「じゃどういうわけなのかな?」
「こ、これはあくまでも“とある本丸のにっかり青江”で“佐脇ちゃんちの青江先輩”のことじゃなくてですね、あの、だから」
「だから?」
「佐脇ちゃんや私が好きな石かりは、佐脇ちゃんちの石切丸さんと青江先輩じゃなくて……!!なんつーかその、例えばミュージカルのにっかり青江さんとか、例えばアニメのにっかり青江さんとか、とにかく一部特定の人間が勝手に夢見てウハウハしている系の--」
「……ああ、アレかな? 現実の男の子(女の子)が恐いとか、ちょっと努力したことがあったけど全然相手にされなかったとか?……そういう残念でアイタタタな人達の妄想ってことだろ?」
「いやちょっと偏見にもほどがありますって!?いじめですよね!?てか佐脇ちゃんは!?!?あんたの大好きな佐脇ちゃんも入ってるよ!?」
「佐脇ちゃんは可愛いからねぇ。君たちと違って何をしても問題にはならないんだよ。可愛いは正義ってことだよ?」
「清々しいぐらいの依怙贔屓だな!?」
「んっふふふふふ」
青江は椅子の背もたれに寄り掛かり、お茶(佐脇ちゃんの)をゆっくりと味わうように飲んだ。甘い息を吐いて、悩ましげに足を組む。優位を確保しているが故に、彼の態度はどこまでも余裕があった。
「……君ってアレだろ?オタクで腐女子だろ?」
わざとらしく音を立ててお茶を飲みほしてから、青江は強く言い放った。城丸は下唇が白くかわるほど噛んだ。自然と呼吸が乱れてしまったが、そんなの気にならないほど追い込まれている。体が震えていた。
「……お、オタクの何がいけない!」
「おやおや開き直りかい?痛々しいねえ」
「ち、ちがう!たしかに私はオタクで腐女子で、夢豚の雑食野郎だ!で、でも、オタクであることを威張ってない!だから、他人から馬鹿にされる筋合いなんてないんだ!」
「そうは言っても、雰囲気イケメンがちょっと親切にしただけでコロッと態度を変えてしまうのが君たちだろう?」
「それは覚悟のない奴だ!推しが尊い口では言いながら、本当に男の子とイチャイチャしてる奴を心の奥底で妬んでいるようなヘタレだ!私とは違う!」
城丸は両腕をひろげ、演説ポーズで語りだした。心なしか声も、通常の三倍の速度でガ〇ダムを追いかけるシャ〇少佐を思わせるほど力が込められていた。
「私は覚悟しているんだ!オタクである自分、腐女子である自分、そして夢豚である自分について!だから、どれだけ馬鹿にされても絶対に自分を貶めないし、自分の価値を下げない!たとえジョ〇ー・デップ並のイケメンに馬鹿にされても、だ!」
「ふーーーん」
「な、何すか、その目は!?」
「君たちオタクは好きなことをするのに、それだけの理屈をつけないと何も出来ないのかい?お疲れ様だねぇ……」
青江は退屈そうに髪をいじくり回しながら、目を閉じた。
「要するにさ、恥ずかしいってことだろ?くだらないと分かっているから、小難しい理屈を並べ立てて誤魔化しているわけだろ?やっぱりお疲れ様じゃないか」
「だぁーかぁーらぁぁぁぁっ!」
城丸は髪の毛をぐっしゃぐしゃにかきむしった。
「何でだよ青江先輩!!何で分かってくれないんだよ!!これだけ言えば分かるだろ!!人間は生まれながらのオタクではない、オタクになるんだ!!それにさぁ、趣味なんてアニメや漫画でなくても恥ずかしいものなんだよ!!みんな百も承知で趣味を全力で楽しんでんだよ!!それくらい好きなんだよ!!だから恥ずかしいんだ!!」
「……百年に一度生まれるか生まれないかの美少女だったとしても、君は同じことが言えるのかい?」
「あんただって、自分が百年に一度生まれるか生まれないかの醜男でも今と同じことが言えるのかよ!!」
「どうかなぁ。僕は刀剣男士だし、何よりそういうのとは縁がないからねぇ……」
青江はさっと立ち上がって、城丸を見た。彼は相変わらず美しかった。だだし、その瞳に宿っているのは紛れもなく敵意だった。城丸は石のように硬直した。
「君が佐脇ちゃんの――いや、水花の初めての友だちねぇ。ちょっと意外だなぁ、水花の初めてが君になるなんて」
「いやなんか誤解を招く発言じゃないですかね」
「うんうん、君もおかしいなって思うだろ?水花の初めてを奪い取ったのが、変な妄想ばかりするオタクなんてさ」
「思ってねぇし、さらりと私を馬鹿にするなよ!!」
「……さて、そろそろ僕は行こうかな」
「無視するなよ!?」
青江はくるりと踵を返し、すたすたと部屋のドアへと向かう。ふと何かを思い出したように、軽く手を打った。
「あ、そうそう。君がお世話になっている本丸には連絡しておいたよ」
「え?」
「君はその本丸の使用人なんだろ?事情は知らないけど、君のいる本丸に連絡を入れないのは良くないだろ?」
「あ、いやそれって」
「近侍は長谷部さんだったんだねぇ。彼、かなりご立腹だったよ。使用人風情が無断で外泊をしているなんて許せないってさ」
「あの、ちょ、待っ」
「明日迎えに来るってさ。良かったね」
青江はにっかりと微笑んだ。微笑んで、何事もなかったかのように部屋を後にした。
そして城丸だけが取り残された。静寂が広がる。彼女は口をひくひくさせたかと思うと、急に火がついたように泣き出した。
「あれのどこがにっかり青江なんだよぉぉぉ!!うぉぉぉん!!」
……強く生きて。