蝶々夫人の幻想
​■蝶々夫人の幻想・登場人物

年の近い人妻に恋したガルマくんのお話。
※性描写有りの18禁。未成年の方の閲覧はご遠慮ください。

 

佐脇水花(サワキ ミナカ)

設定
・17歳/150㎝/A型/6月22日
詳細設定

  • ジオン士官学校の教官である佐脇の幼妻。

  • 水中花を思わせるほど儚い乙女でありながら、熟した女の香りをほんのりと漂わせており、数多の男を狂わせてしまう魔性の持ち主。

  • 年の離れた夫と結婚する以前に恋人がいたが、水花に一目惚れした佐脇が強引に体の関係を結んでしまった為、破局となった。

  • 夫との関係は良好だが、過去のトラウマから他者を恐れるようになった。

  • ザビ家の御曹司ガルマの恋心に気づいているが、嫉妬深い夫のお仕置きを恐れ、気づかないフリをし続けていた。

  • 夫の不在時にガルマと関係を持ってしまい、以後拒めなくなる。優しくナイーブなガルマを自分と重ね合わせ、好意を抱く。

  • 夫の死に関わったガルマから逃れるように地球へ帰ろうとしたが、一年戦争が開戦した事により帰れなくなる。暁の蜂起事件で夫が戦死した事で未亡人となる。

  • 地球連邦収容所に連行された際、ガルマに見つかり、半ば強引に愛妾として囲われてしまう。

 

ガルマ・ザビ

設定
・15歳/173㎝/ザビ家の末弟
詳細設定

  • ジオンを統べるザビ家の四男であり末弟。

  • 母親似の甘いマスクで、ジオン国民からはアイドル的人気で支持されていた。 

  • ナイーブで生真面目な性格。人を疑う事を知らない為、周囲からはザビ家の坊ちゃんと呼ばれている。

  • 佐脇教官の妻である水花に恋心を抱いており、その想いを一方的に押し付ける行動をしてしまう。水花からは拒まれていた。

  • 佐脇教官不在時に、半ば強引に体の関係を結んでしまう。

  • それがきっかけで水花への想いをさらに募らせるようになり、佐脇教官を快く思わなくなった。

  • 暁の蜂起事件で佐脇教官が戦死したのを理由に、水花を婚約者として迎え入れようとするも拒まれてしまう。

  • 後に愛妾として囲うものの、周囲からは反対されている。

 

佐脇(42)

  • ジオン士官学校(地球連邦自治体)の教官。地球連邦の士官。

  • いつも何を考えているか分からない昼行灯で、生徒からもあまり好かれていない。

  • かつては有能な士官だったが、水花に一目惚れして以降、何かに憑かれたように彼女を求めるようになる。

  • 半ば強引に体の関係を結び、佐脇家の養子となっていた。

  • ガルマと水花の関係を疑っていた。

登場人物の項目に使って頂きたい絵.jpg
​●蝶々夫人の幻想1

蝶がサナギのまま死んでいる。

 

小さな庭の片隅で、ほとんど忘れられて花咲く植物のように、寂しい美しさを秘めている。色あせたサナギのそこかしこから、 死の香りが匂い立ち、しおれた庭を湿らす。その甘がなしい淀みを残りなく味わい尽くそうと、佐脇水花は大きく深呼吸した。彼女の頭上では、銀の雲が仄暗い空へと伸びていた。あと一時間もすれば空が白みはじめるだろう。

 

水花はそっと静かに起き上がる。傍らで眠る、幼い生き物を起こさないよう、足音をたてずに鏡台へ歩み寄った。

 

「んっ……」

 

奇妙なほど艶のある声で呻いた。全身は汗にまみれている。豊かでやわらかな胸はまろみのままに振幅していた。その先端にある、ほんのりと赤い突起物がチクリと痛むのだ。そこは執着に甘噛みをされた場所だった。まるでそれしか知らない子供のように、いつまでも愛撫された場所。汗とは異なるものがあることに気付いて、水花は隠すように手で覆った。

 

悦びの果てにあるものによって、心が満たされてしまうことが、ただただ恥ずかしかった。

 

「……私……悪い子だわ……」

 

ポツリと呟いた。愛くるしく可憐な美貌をかすかにしかめる。得たいの知れない寒さを感じて、背筋が震えた。暖かさを得るために、身体の線が透けて見えるような、白いシルクのネグリジェに身を包む。

 

脱ぎ散かされた制服のズボンとワイシャツが、まだどこか人の形を残しながら放置されていることに気づいた。まるでサナギのそれだと思いながら、水花は丁寧にそれを畳む。

 

「うんっ……」

 

かすかな呻きがベットの中から生じた。水花はぴくりとし、おそるおそる後ろを振り返った。

 

ガルマ・ザビが目を覚ましたのだ。

 

うっすらと目を開け、とろんとした表情で水花を見つめている。寝起きでむくれ気味ではあったが、絵に描いたような美少年だった。淡いパープルの髪と、憂いを帯びた瞳が印象的で、吸い込まれるように美しい。しかしまだ成熟しきっていない。知的で繊細な美貌ではあるものの、色白で育ちの良さそうな、いかにもお坊っちゃんという雰囲気の少年だった。

 

彼は穏やかににっこりと微笑んだ。

 

「……おはよう、水花さん」

「あ、ごめんなさい……起こしてしまったかしら……?」

「……いや、大丈夫だよ……僕も……起きようとしていたところだし……」

 

寝起きで肉体と意識が上手に繋がっていないせいか、ガルマはポワンと眠気の残った声で答える。右手で前髪をゆっくりといじった。夢の余韻を楽しみながら続ける。

 

「……でも、まだ眠いやぁ……」

「疲れているのよ。もう少しゆっくり寝ていたら?」

「水花さんは……?」

「私はそろそろ起きるわ。ガルマくん、お風呂に入りたいでしょう?」

「……うん」

「今から沸かしてくるわね」

 

水花は頷いて、いそいそと身支度を整え始める。つややかで綿菓子のような黒髪をふわりと広げ、両耳の上で二つに結った。ふとガルマの視線に気づく。まだあどけなさが残る彼は、身じろぎもせずに鏡の中の自分に見入っている。つり目がちの茶色の瞳を、可愛らしく細めてもう一度微笑みかける。甘えているようだった。

 

「まだここにいてよ」

「……どうして?お風呂に入りたくないの?」

「入りたいけど、それより水花さんと一緒にいたい」

「……まぁ」

 

水花は頬をほんのり赤らめた。ちろり、と澄んだ声音が微かに響く。彼女の体が動くたび、嗅覚とはちがう部分が感じ取った香りがガルマの脳を痺れさせ、全身をゆるやかに酔わせる。それは美しくも甘い毒だった。

 

「……こっちに来てよ」

 

ガルマは甘えた声で言うと、小さく手招きをした。やわらかな前髪が雲のように流れ、さらさらと揺らめいた。淡い髪の香りがそっと鼻を打つ。胸がギュッと締め付けられるような気がして、水花は耳まで血の色に染めた。

 

名誉高きザビ家の御曹司が、ただの女でしかはい自分をたよりにしてるんだと思うと、健気なほどいじらしく、狂おしいほど切なく感じた。いや、悲しいと言うべきなのかもしれない。

 

ジオン共和国内で人気を誇るガルマ・ザビは気位が高そうに見えるが、意外と甘えたがりな面もある。 おどろくほど繊細でナイーブな性格をしており、ロマンチストだ。大きく垂れた前髪をいじる癖は、彼の神経質さと甘さの現れだ。おそろらくこれが彼本来の姿なのだろう。しかしそれを表に出す自由がないのだ。人前でお高くとまったキャラクターを演じているのは、ザビ家の面汚しにならない為なのだから。

 

「二度寝しちゃわないかしら」

 

水花はポツリと呟いて、ガルマの傍へ近づいた。すると待ちわびていたかのように、彼の手が伸びる。くいくいと手を引っ張られ、布団の中へ誘導される。

 

「やっぱり寝ちゃいそう……」

 

水花はほっと息を吐いた。心がふわふわとゆるむような感触があって、身体が怠く、まるで布団の中へ溶けていくような気持ちになった。うっとりと目を細めて、ガルマへ身を寄せた。前後から攻め寄せる彼の温もりに心と体が満たされていく。

 

「すごく眠い……」

「水花さんも疲れてるみたいだね」

「……そうかしら」

「そうだよ。すごく眠たそうな顔してる」

「……最近よく眠れてなかったの」

「何かあったの?」

「……んっ」

 

水花はカナリヤよりも愛らしい声で呻いた。きめ細かく長い指が金魚のように揺らめきながら、ガルマの肩をキュッと掴む。少し受け口な可愛らしい唇が艶かしく震えた。

 

「この部屋には赤い蝶々がいるの。きっとそのせい」

「……蝶々?」

 

ガルマは眉をひそめた。熱っぽくてあつい、不思議な気分を抱いたまま小首を傾げる。

 

「僕は見たことないけど」

「きっと恥ずかしがり屋さんなのね。いつも私の周りを飛び回るのよ。薄くて、透明なゼリーみたいに弱々しい羽が本当に綺麗なの……」

「いつもいるの?」

「私が子供の頃からずっといるわ」

「蝶はそんなに長生きしないよ」

「……そうかしら」

 

水花は不安げに言った。長く繊細な睫毛が小刻みに震える。心がしびれてしまうような得体の知れない何かが、彼女の眼前で光輝く。それは赤い蝶々だった。淡い影のように音もなくちろちろと舞い踊っている。じっと見続けているとめまいがしそうなほど、色あざやかな赤い羽が光を放っていた。その少し先にサナギの亡骸がある。

 

水花は指をさして、愛撫でもするように舌で唇を湿らせた。

 

「ほら、あそこで飛んでるわ。ねぇ、ちゃんと見て?」

「どこにいるの?」

「あそこよ、ほらちゃんと見て?今も楽しそうに飛んでるの」

「僕には見えないな……。もしかしてからかってるの?」

「そんなことないわ。本当に、本当にいるのよ」

 

むきになって柳眉を逆立て、色白の頬を揺らす。ほんのりと色っぽい息づかいにつれて、豊かな乳房が小さく波打つ。そんな乳房の微妙な動きを、ガルマは無意識に追ってしまう。 トクンと音をたてて心臓が脈打った。

 

「今だって楽しそうに――あっ」

 

起き上がろうとすると、ガルマがそっとおさえて、その顔を覗きこんできた。水花は抵抗しなかった。絵本の中から抜け出してきたかのような、美しい少年の顔にハッと心を奪われてしまう。男になりきれていない、甘やかされた愛らしい子供のように引っ掛かりのない瞳がキラキラと輝いている。

 

その輝きに仄暗い嫉妬心を抱いてしまう。もう子供ではないのに、どうしてだろう。

 

「水花さんでもそんな顔するんだね」

「……そんな顔って?」

「すごくムキになってた」

「やだ……、怒ったわけじゃないのよ……」

「可愛いと思う」

「……私はガルマくんより年上よ」

「ちょっとしか違わないじゃないか。すぐ追いつくよ」

「そうかしら……」

「そうだよ」

 

ガルマはふっくらとした頬に触れ、胸を少しだけ指でなぞってみせた。ぞくぞくするような快感が込み上げてくるのを感じ、水花は少し長い吐息をついた。

 

「んっ……、今からするの……?」

「………ダメ?」

 

ガルマが顔を上げ、上目遣いで見つめてきた。垂れた前髪を小指の先でいじりながら、はにかむように笑う。ポッと頬を赤らめる姿がただただ可愛かった。水花は宝物にでも触れるように、そっと両手を彼の首に絡めた。甘えるように見つめる。

 

「少しだけよ……」

「うん」

 

夫婦のように抱き合って唇と唇をしっかりと重ね合わせる。ゼラチン質を思わせるやわらかい肉が吸盤のように吸い付き、互いの吐息が混ざりあう。

 

「ガルマくん……、んっ……」

 

ガルマの胸の下で、水花は心地よさげに呻いた。鈴を転がすような美しい声を響かせ、小さな体をくねらせた。その間にも、彼から与えられる優しい口付けは続く。髪に。手に。額に。とろけてしまいそうなほど切なく優しい口付けを繰り返す。そこから彼の甘い香りがほんのりと匂いたつ。

 

熟されてない、みずみずしい果物のように甘酸っぱい匂いを嗅ぐたび、自分がガルマと深い関係になるまでの出来事を切れ切れに思い出した。

 

……そう、あの夜も赤い蝶が飛んでいた。

 

夫が仕事を理由に家を空けていたあの夜、ガルマくんが私を訪ねてきた。悪酔いした仲間を介抱して欲しいと頼まれたから、家に入らせた。夫の生徒だもの、無下に断るなんて出来ない。彼が私に淡い恋心を抱いていることは気づいていたけど、ずっと気づいてないふりをしていた。その時もそうするつもりだった。でも出来なかった。いいえ、拒めなくなってしまった。

 

ガルマとの最初の思い出が水花の脳を熱くさせた。

 

風呂場の脱衣所だった。ままごとのような交わりだったが、いまだに忘れられない。混乱と興奮を同時に抱いているような顔をしたガルマが子供のように泣き、謝罪を繰り返しながらはじめてしまった行為は、水花の心を深く満たした。

 

夫に無理矢理はじめてを奪われた時のような恐怖感はなかった。そんな悲しい思い出すら覆されてしまうほどの強烈な陶酔だけがあった。

 

汗まみれでぐったりとのしかかってきたガルマが、「ありがとう、水花さん」と女神を崇めるように告げてきた。彼の頭上で、赤い蝶がひらひらと舞って行く優美な姿がはっきりと見えた。

 

今も、まるで女王のようにゆったりと飛んでいるのだ。

 

強いざわめきが胸を騒がせる。水花は逃れるように腕を伸ばし、ガルマの頭を自分の豊かな乳房に引き寄せた。

 

「水花さん……」

 

ガルマはひときわ大きな呻きをもらして、やがて安堵したように大きく息を吸い込むと、水花の透明感に満ちた桜色の乳首を吸い始めた。水花は熱っぽく喘いだ。

 

「あぁっ……、ガルマくん……、お願い、お願いがあるの……」

「お願い?お願いって何?」

「あのね……」

 

豊かでやわらかな乳房をぷるぷると揺らしながら、ぴったりとガルマの顔に押しつける。この世のすべてを放り出す前に、水花は甘えた口調で言った。

 

「今だけは……、何もかも忘れさせて……」

 

サナギの亡骸も、赤い蝶も、夫の執着な独占欲も、遠い夢のように成り果ててしまえばいい。

 

だってみんな、私を愛してくれないもの。優しくしてくれないもの。そうしてくれるのはガルマくんだけ。私の、私だけの可愛いガルマくんだけ。

 

ああ、だからお願い。どうか今だけは、今だけは何もかも忘れさせて。

​●蝶々夫人の幻想2

宝石をちりばめたような箱の中で、蝶たちは静かに永久に、冷たい眠りに沈む。空いっぱいに羽をひろげて、色あざやかにヒラヒラと飛んでいた数多の命は、霧のように消え失せ、あとには亡骸だけが残っている。

 

それは美しくも惨たらしい蝶の標本箱だった。

 

黒曜石のような光沢を放つ壁は、そんな蝶の標本箱に埋め尽くされている。壁のそこかしこから、うっすらと甘にがい香りが漂っているのは、きっとそのせいだろう。

 

「――水花さんは蝶が好きなの?」

 

ガルマ・ザビは、大きく垂れた前髪を撫でながら尋ねた。淡いパープル色の髪が指の間からサラサラとこぼれ逃げていく。艶やかに輝くそれを見つめながら、佐脇水花はしずかに答えた。

 

「……生きてる蝶は好き。でもこういうのは苦手だわ」

「こういうのって、剥製のこと?」

「……ええ」

 

水花はこっくりと頷いた。鈴を転がしたように可憐な声が高く細く震え、館内に響きわたる。博物館は閉館間際ということもあって、人はほとんどいなかった。宇宙でふたりぼっちになったかのように、館内はおそろしいほど静まり返っている。

 

水花はほっそりとした指で軽く手すりに触れた。ひんやりと冷たい感触が体内へと染みわたり、彼女の甘やかな熱を取り払った。悩ましげに目を伏せる。

 

「ただ美しく飾り立てる為に、蝶の命を奪っているのでしょう?」

「観賞用だけじゃないさ。標本は生態系の研究材料としても必要なんだ」

「……こんなに必要なのかしら」

「それは僕にも分からないけど、むやみに命を奪っているわけじゃないよ」

「ガルマくんのお家にもあるの?」

「子供の頃、お父様に買って頂いたものなら」

「子供の頃って……、今も子供じゃない」

 

水花は小さく笑った。その微笑は、香り立つ艶やかな花のように美しい。ほんのりと滲み出るそれは、熟した女の蜜だった。二人の男の精をたっぷり吸いとったが故に、彼女の蜜は狂おしいほどにふくよかで甘い。その色香をひっそりと漂わせながら、しなやかな黒髪を整える。二つに結われた黒髪が艶かしく揺れた。

 

その、小さくやわらかな体にまとう妖しい雰囲気に、ガルマは思わず息をのんだ。自分の胸の下で、愛くるしいほどに咽び泣く水花の顔を思いだす。肉体の芯がカッと熱くなった。思わず視線を逸らす。

 

「……僕はザビ家の男だ。もう子供じゃない」

「やだ……、怒ったの?」

「年だって水花さんとそんなに変わらない」

「それでも子供だわ」

「すぐに大人になるさ。そしたら――」

「……そしたら?」

 

水花はガルマをまっすぐに見つめた。美しい瞳が黒ぶどうのように濡れている。深い悲しみを潜めたそれが、ただただ恋しくてならない。ガルマはポツリと呟いた。

 

「……どうしてあんなに年の離れた人と結婚したの?」

「答えになってないわ」

「水花さんだっていつも答えてくれないだろう?」

「……二人の時は話さない約束でしょ?」

「都合が悪くなるとすぐそれだ。こんなの不公平だ」

「それは……、そうだけど……」

「少しぐらい本当のことを話してくれたっていいじゃないか」

「…………」

 

水花は深いため息をついた。色あざやかな蝶の標本箱を見つめながら、しずかに歩き出す。今にも消えてしまいそうなほど小さな足音が響いた。ガルマもすぐ後に続いた。暇をもてあそぶように長い前髪をいじりながら、水花の言葉を待った。しかし彼女は何も答えなかった。内気な生娘のように、不安げに辺りを見回してるだけ。

 

しばらく、重苦しい沈黙が続いた。

 

「……水花さん」

 

沈黙に耐えかねたガルマは眉をひそめた。無防備な水花の背中を見つめながら、細い腕をとる。赤ん坊のようにやわらかい肉がしなやかに、彼の掌の中で熱をおびる。愛らしい水花の顔が険しくなり、むっちりとした乳房が喘ぐように揺れた。

 

「んっ……、ガルマくん、痛い……」

「水花さんが逃げようとするから」

「逃げてないわ」

「何も答えてくれないじゃないか」

「ちがう、ちがうの」

「何が違うのさ」

「お願いだから離して」

「……水花さんが答えてくれるまで離さないよ」

「答えるつもりでいるのよ」

「嘘だ。今僕から逃げようとした」

「そうじゃないの。見て欲しいものがあったから」

「……見て欲しいもの?」

 

ガルマは水花の言わんとしていることが分からずに首を傾げる。つり目がちの茶色い瞳に探るような光が浮かんだ。水花はそれについて叱りつけることはしなかった。憂いに満ちた静かな眼差しで、とある特設展示品を指さす。

 

小さく赤い蝶が、オリオン座の赤い星のように、きらきらちらちらと光っては消えるのを、ガルマは見た。そっと近づいてみると、それが豪奢な箱のなかに封じ込められた剥製の蝶であることが分かった。博識高い彼でも見たことのない蝶だった。品種を確認しようとすると、タイミングを見計らったように水花が答えた。

 

「それはベニアゲハチョウ。私の故郷にいた、とても珍しくて美しい蝶なの」

「日本の蝶……?」

「……そうよ、日本の美しい蝶」

 

水花は微笑んだ。仄暗い悲しみを含ませて、ベニアゲハチョウの剥製を見つめる。ほっそりとした手が拳を握り、ほどき、また握った。

 

「もうこの蝶はどこにもいないの」

「……絶滅したんだね」

「あまりにも綺麗で美しいから、とても高く売れたそうよ。でもね、それだけじゃないの」

「他にも理由があるの?」

 

水花の表情に明るさが失われたことにガルマは気づき、彼女の横顔を見つめた。触れてはいけない何かについて触れてしまったからだった。彼はコクリと息を呑んだ。

 

「……生贄」

 

うっかりすると聞き漏らしてしまいそうなほど小さな声で、水花は答えた。手がかすかに震えている。話すことを怖がっているように感じられた。ガルマはその手を握ったが、彼女の手が少しも震えやまないことに気づいた。その時になって、彼は自分のしたことを後悔しはじめたが、何もかも手遅れだった。

 

水花は吐息のように小さな声で話をつづけた。

 

「ベニアゲハチョウは神様への供物だったの。毎年元日になると、冬眠しているベニアゲハチョウの蛹を矢で串刺して、神様に捧げるの。理由は今でも分かっていないそうよ。私の故郷の神様は女神さまで、祟り神とも言われていた。ベニアゲハチョウの美しい赤い羽は紅の材料として使われていたから、きっとそういう意味もあるのね」

「残酷だね」

「……地球ではよくあることよ。もちろん反対する人もいるし、それでなくなった神事もあるけど、全部はなくならなかった。なくしてはならない伝統文化と考える人もいたわ」

「こんなに文明が発達したのに、不思議な話だね」

「宇宙コロニーで暮らす人たちからしたら、本当に不思議な話よね。自然への畏敬とか、自然崇拝とか、神様の恵みとか、言葉は少し違うけれど、目に見えない大きな力が世界を支えていると、地球で暮らす人たちは漠然と思っているの」

「水花さんもそう思っているの?」

「……子供の頃はそう思っていたわ。私、巫女をしていたから」

「巫女?」

「神様に仕えていたの。家が古い神社だったから。……物心ついた頃にはベニアゲハチョウの蛹を矢で貫いていた。残酷なことだと思わなかった……大切なことだと教わっていたから……」

 

水花は悲しげに目を伏せた。フランス人形のように長い睫毛から、小さな涙がキラリと滑り落ちる。瞼を細かく震わせながら、はかない瞬きを繰り返す。むっちりと盛り上がった胸元がほんのりと濡れはじめた。泣いているようだった。

 

ガルマは彼女の手を強く握った。

 

「ごめん……僕が悪かった。君を泣かせるつもりはなかったんだ、本当だよ」

「……お願いだから謝らないで。ガルマくんは悪くないもの」

 

水花は首を横にふり、何かにじっと耐えているように微笑んだ。しかし涙が次から次へと流れてしまう。それははらはらと崩れて光の糸をひきながら流れている。ガルマは思わず見とれてしまった。あまりにも透き通って綺麗な涙だったからだ。水花の美しい涙をそうっとこのまま結晶にさせたくなる。

 

彼は大きく垂れた前髪を整えたあと、ゆっくりと深呼吸をした。それから意を決したように水花の顔を覗き込んで、閉じた眼瞼から溢れて来る涙を拭いてやった。 うなだれる彼女の体を引き寄せ、その頬に口付けする。涙をふくんだ頬は、おどろくほど柔らかな感触だった。唇にぴたぴたと涙が吸い付いてくる。心で触れあえたような気がして、ただただ嬉しくてならなかった。

 

「……ガルマくん」

 

水花はガルマの胸に顔を埋め、上目遣いの甘えているような表情を浮かべた。 ほとんど聞き取れないぐらい小さな声で、ひっそりと囁く。

 

「もっとして……?」

「うん……」

 

ガルマは素直に従った。人が来るかもしれないという危機感はもちろんあったが、水花の甘やかな誘惑に耐えることが出来なかった。

 

色っぽいというか、艶っぽいというか、涙を流す水花には奇妙な美しさがある。涙のせいで湿った髪が一筋頬っぺたに貼り付いているのが妙に扇情的で、赤いワンピースから覗く足がおそろしいほどに艶かしい。すんなりと伸びるその脚は、黒いストッキングに包まれていた。 それがまたなんとも言えない風情をかもし出している。

 

まるで一つの肉体に少女と女を同居させているようだと、ガルマは思った。

 

「水花さん……」

 

熱を帯びた吐息と共に、ガルマは深い口付けを水花に与えた。うわごとのように彼女の名を呼びながら、ぎこちなく舌を絡ませる。水花はそれをしっかりと受け止めた。子猫のように体をくねらせながら、ほっそりとした両腕を彼の首元へまわす。愛らしい声で呻くと、むっちりと豊かな乳房が、まるでそれ自体が生きているみたいにぷるぷると震えた。それを息もつけないくらい強く、激しく、ガルマの胸に押しつける。

 

「んっ……」

 

やわらく淫らな乳房の感触によって、ガルマの理性は跡形もなく消える。健気に絡み付いてくる水花の体をギュッと抱きしめ、自身の舌で彼女の口内を思いきり犯した。

 

たちまち館内は、クチュクチュと粘っこい音に満たされた。それは甘く妖しい香りとなって、ふわふわとゆるやかに漂いながら、世界をぼんやりと曖昧なものに変えていく。

 

「ガルマくん……、ガルマくん……、ガルマくん……」

 

水花は何かに求めるようにガルマの名を呼びつづけた。小刻みに出し入れされる彼の舌にこすられた唇から、どんな蜜よりも甘い水滴がぽたりと滴る。真珠のようにちろちろと光るそれが床に落ちる頃、博物館のチャイムが鳴り響いた。

 

極めて淡白なチャイム音は、二人の夢をたわいもなく消していく。

 

……暫くしてから、ガルマは正気を取り戻したように唇を離した。唾液の糸が名残惜しそうにちろちろと光るのを見つめながら、水花の額に額をのせる。情けないほど荒い呼吸を繰り返す。頬はうっすらと赤みを帯び、汗が浮かんでいた。もう少しで酸欠を起こすところだったのだ。

 

「やめないで……、もっとして……」

 

全身の力が抜けたガルマを健気に支えながら、水花はぽってりと分厚い唇を近づけてきた。子供のようにねだるその姿は愛くるしい。しかし、そんな愛くるしさの中に潜む淫らな女の部分を、ガルマは垣間見た気がした。

 

「……もう閉館の時間だよ、帰らないと」

「んっ……、お家に来てくれる?」

「今夜はいられるよ。だからもう帰ろう?」

「明日は?」

「明日はお父様にご挨拶しなくちゃいけない」

「ちょっとしか一緒にいられないわ」

「すぐ連絡するよ」

「本当に?」

「僕はザビ家の男だ。嘘は言わない。誓うよ。必ず連絡する」

 

水花は顔を上げ、涙に濡れた目でガルマを見つめた。彼女の美しい顔は、彼をすくませそうな何かがこめられている。思わず目を逸らしそうになったが、ザビ家の男としてのプライトがそれを許さなかった。二度三度、深呼吸してから、覚悟を決めたように口を開いた。

 

「僕を信じてくれ、水花さん」

「……うん」

 

水花は涙声で答えた。おそろしく熱っぽい息づかいが、館内を照らす光に吸い込まれるように消える。彼女の唇から吐き出された小さな息は、ガルマの全身を燃えるように熱くさせた。こめかみがズキズキと鳴って、心臓が早鐘を打っているのを意識する。どうすれば良いか悩んでいると、水花はうっとりと微笑んできた。濡れてつやつやと光っている唇で、彼の手に軽く口付ける。桜の花ビラのように小さな舌をゆっくりと這わせてきた。生々しい肉の感触が肌を伝う。黒い眼もぷっくりとした唇も、濡ぬれ濡れと光っているせいで、雨のあとの花のように思えた。

 

……いや、雨に濡れた蝶のように思えた。

​●蝶々夫人の幻想3

神様への祈りも

みずみずしい蝶の剥製も

薄水色にひろがった空も、美しい恋歌も、 これらは全て、赤い蝶が魅せる夢まぼろし。

 

×××

 

「――水花さん?」

 

フルートのように綺麗に澄んだ声。それは美しくも儚い少年の声だった。一瞬という永遠の中で奏でられるそれは、狂おしいほど甘く、愛おしいほど苦いもので出来ている。

 

けれど清らかな少年は、この意味に気づくこともなく、形の良い唇から言葉を紡いでいく。

 

「大丈夫? ねえ、聞こえてる?」

「んっ……、聞こえてるわ、ガルマくん……」

 

水花――佐脇水花はゆっくりと顔をあげる。

 

ふっくらと白い頬は湯あがりのように火照り、くりくりとした黒目はしっとりと濡れていた。酒に酔っているのだ。果実酒を蜜と冷たい水でわったボトルは、あと少しで空になりそうだった。だというのに何杯飲んだのかさえ覚えていない。なぜか分からないが、声をあげて笑いたくなった。

 

「……ふふっ、それくらい聞こえてるもん」

 

水花はうっとりと微笑みながら、濃厚な甘い香りの漂う果実酒をグラスに注ぎこむ。月を溶かしたような液体がキラキラと輝いていた。湿った声でポツリと呟く。

 

「もうなくなっちゃう……、同じのを頼もうかしら……、あっ、ガルマくんは?」

「僕は未成年だよ、水花さん」

 

ガルマは大きく垂れた前髪を撫で、困ったように笑ってみせた。さきほどバーテンダーが手早く作ってくれたブラッドグレープのジュースが入ったグラスの丸い氷をコロンと鳴らしながら、店内を見回す。

 

暖色系の照明のもとで鈍く輝く磨きあげられたカウンターに、宝石のようなグラスが置かれ、洗練されたバーテンダーが深い琥珀色の液体をとくとくとく、という耳心地よい音ともに計量器へ注ぎ、それからグラスへきれいに移している。

 

店内にはラグジュアリーなピアノ伴奏がゆるやかに流れ、しっとりと落ちついた雰囲気を演出していた。この場の空気を吸っているだけで、自分が上質な存在へと生まれ変われるような気さえしてくる。

 

もっとも、ジオン共和国最上級の身分であるガルマからすれば、これらは全てありふれた日常の風景でしかない。もちろんそれを口にするほど彼は無粋な人間ではなかった。ジオン共和国を制するザビ家の人間として、当然のマナーだと信じているからだ。

 

それはバーテンダーも同じであった。

 

みな、ガルマ・ザビの存在について全く触れてこない。ザビ家の坊やが美しい女を連れて歩いても、彼らは顔色ひとつ変えなかった。客の秘密を守るのがバーゲンダーのステータスなのかもしれない。信頼できる店だと思った。

 

ガルマは柳眉を下げ、案じるような表情をつくってみせた。

 

「水花さん、飲みすぎじゃないのかい」

「んっ……、これくらい大丈夫。だからもう一本頼んでくれる?」

「大丈夫じゃなさそうだから聞いているんだよ。見るからにフラフラじゃないか。もう止めておこう?」

「……大丈夫」

「これ以上飲むと家に帰れなくなるよ」

「今夜くらい帰らなくたって大丈夫よ」

「そういうわけにはいかないだろう」

「大丈夫、大丈夫よ」

「でも……」

「大丈夫だもん」

 

水花はガルマを上目遣いに睨んだ。可愛らしく結われたツインテールの先を、指でくるくると巻まきながら唇をキュッと尖らせる。サクランボのようにつるりとした唇を目にして、ガルマは博物館での甘い口づけを思い出した。頬をポッと赤らめ、視線を逸らす。気を紛らわすように前髪をゆっくりと撫でた。

 

「お水を頼もうか」

「……お水?」

「お酒に酔っているだろ?」

「お酒?」

「……だから、水花さんはお酒を飲みすぎているようだから、お水を頼んだ方がいいと思って――」

「んふっ、うふふふふっ」

 

ガルマの言葉を遮るように、水花は首をすくめて小さく笑った。鈴をころころと転がすような笑い声が高く細く響きわたる。その意味が分からず、ガルマは眉をひそめた。あどけなくて可愛らしい顔に陰りが生じる。

 

「何がおかしいのさ」

「……ごめんなさいっ、だってガルマくん……、学校やテレビで見る時とあまりに違うからっ……、いつもすごく凛々しく振る舞っているから、そういう子なんだと思ってたけどっ……、だけど……うふふっ」

「たけど?」

「本当はすごくしおらしい子なのねっ……、何だか女の子みたいっ……んふっ、ふふっ、うふふふっ」

「―――っ!」

 

ガルマはつり上がった目を大きく見開いた。怒ったように顔を真っ赤にそめて、グラスを強く握りしめる。耐えきれなくなった水花は、いかにもおかしそうにクスクスと笑い出した。まろやかな乳房がふるえ、ほっそりと張りのある腰が上下する。小さな両の手をキュッと握り、ガルマの顔をのぞきこむ。

 

「……どうしたの?」

「……僕はザビ家の男だ」

 

ガルマは何かを断ち切るような声でつぶやいた。普段とは少し違う、冷えたものを感じさせる口調だった。彼はその態度と声のまま、恋い焦がれる美しい女に告げた。

 

「僕はジオン共和国公王デギン・ソド・ザビの血を引く男だ。例えしおらしく見られようとも、女らしく見られようとも、その名に恥じないよう努力しているつもりだ。君には分からないかもしれないけど……いや、分からなくてもいい。君からしたら、つまらない見栄に思うだろうから」

「ガルマくん……」

「……ごめん、場を白けさせてしまったね。今のは忘れてほしい」

 

ガルマは首を横にふり、黙って、空になったグラスを指先で弾いた。乾いた音が店内にしみこむように広がり、ゆるやかに消えていく。

 

いつの間にか水花の顔から笑いが消えていた。夢から覚めた子供のような顔をしてうつ向いてしまう。華奢な肩が弱々しく震えた。ややあって、彼女は一言だけポツリと呟いた。

 

「……ごめんなさい」

「僕の方こそ、ごめん」

「どうしてガルマくんが謝るの。失礼なことを言ったのは私なのに」

「水花さんの言う通りだからさ」

 

ガルマはひどく辛そうな笑みを浮かべた。

 

「外であんな風に振る舞っているのは、いつまでもザビ家の坊やと言われたくないからなんだ。見ての通り、僕は家だとこの有り様だ。軍人を志した時もお父様からは反対されたよ。だからドズル兄さんを士官学校の校長にしたんだろうね。ねぇ水花さん、僕はいつになったら一人前と認めてもらえるんだろう」

「それは愛されている証拠だわ」

「お父様は僕を可愛がってくれるけど、少し試されているような気さえするんだ」

「……ガルマくんの考えすぎよ」

 

ガルマの頬に、水花はそっと手をあてた。心地よいふんわりとした感触が伝わってくた。瑞々しくはりきった少年の頬は、老いを微塵も感じさせほどキラキラと光っている。飾り気など必要ない温かさがじんわりと伝わってくる度、水花の心は切なさで張り裂けそうになった。そのことに思いを巡らせる。

 

彼は愛されている。

 

この言葉が脳裏をよぎった瞬間、いい知れない感情がわき上がった。それは仄暗い煙のように、心の中でしずかに渦を巻いている。その正体を知っている自分が例えようもなく寂しい生き物に思えてならず、水花は深い悲しみに沈んだ。

 

羨ましいわ、水花は心の中で呟く。

 

いいえ、違う。ガルマくんが妬ましい。だから、だからなのよ。お酒のせいにして浅ましく彼に八つ当りしてしまう。本当はいけないことだと分かっているのに止められない。この優しい温もりに触れれば触れるほど、クラクラと目眩がする。瞬きも呼吸すらもできなくなって、何もかもが苦しくなる。こんな気持ち知らなかった。いっそ知らない方が幸せだったのかも。私、今自分が幸せじゃないと思っているのね。どうしてそんな風に思ってしまうのかしら。こんな可愛い人が傍にいてくれるのに。

 

……主人ですって?主人は違うわ。だってあの人は――。

 

ちろちろと燃えるように舞い踊る赤い蝶が、彼女の眼前に浮かび上がった。それは狂おしい風となって、遠い日の記憶を胸に運んでくる。

 

空っぽの頭に、ガラスの欠片のように鋭い過去が浮かんでは消えていく。痛みはなかった。苦しみもなかった。それどころか夢のなかにいるような心地よさに浸されていた。

 

だが、心の奥ふかい場所は、血の滲むような哀しみに満ち溢れていた。

 

……幻なのよ、水花は思った。

 

神様への祈りも、みずみずしい蝶の剥製も、薄水色にひろがった空も、美しい恋歌も、 しおれたサナギの亡骸も、灰色に染まった空も、偽りだらけの願いも、これらは全て、赤い蝶が魅せる夢まぼろし。ただ惑わされているだけのこと。それ以上の意味なんて何もない。だから考えてはダメ、感じてはダメ。

 

……あら、私は何に怯えているのかしら。

 

「水花さん?」

 

ガルマは小首を傾げた。自分の頬をなで回している水花の手を、キュッと力を込めて握る。

 

「大丈夫?やっぱりお水頼もうか?」

「あっ……、ごめんなさい、ボウッとしてしまって、あの」

「お酒を飲みすぎたんだね」

「そんなことない……」

「水花さん、あまりお酒を飲まない人だよね?」

「……そんなことないもん」

「ハハッ、見れば分かるよ。子供の頃から大人の宴席に招かれていたからね。水花さんみたいに無理をして飲んでいる人はたくさん見たよ。ああでも、ここまでじゃなかったかもしれない」

「………………」

 

そんなことない、と言いかけたところで、水花は突然恥ずかしそうにうつむいて口をつぐんだ。胸がトクンと高鳴って、体じゅうが燃えるように熱くなったからだ。やわらくしっとりしているが、ガルマの手は男のそれであった。思わず自分の手を引っ込めようとしたが、ガルマは引き留めるように手に力をこめてきた。彼は水花が恥ずかしがっていることに気づき、嬉しくなっているようだった。満足げに目を細める。

 

「僕の前だからそうしているんだろ?」

「……え?」

「他の人の前ではそんな風にしてなかったじゃないか」

「それは……、それはお酒を飲んでいなかったから……」

「ふうん」

「……ガルマくん、手を離して?」

「どうして?しばらくこうしていようよ?」

 

ガルマは頬を染めながらも堂々としていた。水花のふわふわとした奇妙な色香を敏感に感じとりながら、絡まるような粘るような甘い調子の声で呟く。

 

「水花さんの手、小さくてかわいいね」

「……ガルマくんの手は大きくてあたたかいのね」

「兄さんたちに比べるとそうでもないよ。でも嬉しいな、ありがとう」

「……うん」 

 

水花はコックリと頷いた。上級階級者らしい意地悪さや強かさが殆どないガルマの素直さに、少しだけ驚いていた。そういう気質なのだと言ってしまえばそれまでだが、頼りないと思えるほどに飾り気がない彼を見れば、その素直さが周囲の愛情に基づくものである事がよく分かる。

 

光のうちに伸び伸びと育つ若木のような真っ直ぐさは、善良そのものであると同時に幼さでもあった。だからこそ、恥ずかしげもなく甘い言葉を口に出来るのだ。それは水花にはないものだった。これからも芽生えることはないだろう。

 

ふと、赤い蝶がテーブルすれすれを飛んでいることに気がついた。ひらひらと眠たげな羽音が絶えることなく聞こえてくる。その音を耳にするたび、子供の頃の様々な情景がよみがえる。

 

水花は目をつぶった子供のように、赤い蝶が魅せる幻にはなんの反応も示さなかった。それらは全て幻だと信じているからだ。しかし どういうわけか、くぐもった声が聞こえてくる。 誰かが自分を呼んでいるのだ。

 

それは佐脇水花と呼ばれるようになる以前の名前だった。

 

――姫巫女さま、姫巫女さま、姫巫女さま。 

 

人々のざわめきが、遥か彼方の深みより湧き出てきた。きっと故郷の人に違いない。自分を姫巫女と呼んでいたのは彼らだけ。

 

「大丈夫、水花さん?」

 

水花は赤い蝶から視線を外した。自分の視界に移ったガルマの顔を、とろんと見つめる。彼女を健気に見つめる二つの瞳は、一点の曇りもなかった。ぼんやりと、汚れを知らない子供のような瞳だと思った。美しい瞳だった。見れば見るほどぞくぞくするような快感が込み上げてくる。

 

沈黙の底から淡く光りだすように、赤い蝶がちろちろと輝いた。ひどく空虚な輝きだと思った。しかしそれは、佐脇水花という女の全てを見通すように光り続けている。

 

――姫巫女さま、姫巫女さま、姫巫女さま。

 

思わずたじろぐほどの強い幻聴が、耳の底で響いてくる。自分でも説明のつかない激情に水花は包まれた。脳裏にさまざまな情景、赤い蝶の幻と決めつけた様々な情景が浮かび上がる。

 

赤い蝶が奉られた神社。

しおれたサナギの亡骸。

荒れ果てた座敷牢。

姫巫女と崇められた日々。

そんな自分を守るようにあらわれた年上の男。

泣きべそをかきながらも、自分を思うままに汚し、そのまま妻にしてしまった男。

 

――水花。

 

だれかが自分を呼んでいる。故郷の人々ではない。そんな雑多な音を聞き入れられるほどの余裕はない。聞き間違えようもなく男の声だった。愛しく思うべき良人の声が、ただただ恐ろしくて仕方がない。

 

――水花、水花、水花。

 

水花は耳を塞いだ子供のように答えなかった。すべて赤い蝶の幻だと決めつけて、大切な何かを放り投げる。小さな身体は凍えかけていた。 得たいの知れない寒さに震えながら、救いを求めるようにガルマの名前を口にした。

 

「……ガルマくん」

 

その声に誘われたように、ガルマの右肩に赤い蝶が止まる。美しくも妖しい光景だった。赤い血だまりのような羽がひらひらと揺れ動くたびに、彼の瞳がキラリと光る。

幼いが故に成り立つ無垢なそれが、ただただ愛しくてならない。いや、恋しくてならない。

 

――水花。

 

赤い蝶が呼んでいる。粘りつくような甘い声が反響するたび、目がくらみ、頭が重くなって、ついには息が苦しくなる。そして視界が暗くなって、もの音もよく聞こえなくなり、夢とも幻ともつかない闇に包まれた。

 

――水花さん。

 

おそろしく優しげな、しかし退かない熱を秘めた声を聞いたとき、糸が切れたように意識が途切れた。

 

誰の声かは分からなかった。

 

×××

 

……最初に聞こえたのはクチュクチュと粘った水音と、おそろしく激しい息遣いだった。正体の分からないそれらは、リズムカルな音を連続的に生じさせ、水花の意識を目覚めさせる。手も足も深い眠りの中にあったが、意識だけがそれらの音に導かれるように覚醒していく。

 

突然、稲妻のような電撃が彼女を貫いた。しっかりと閉じた瞼の奥でなにかが白く閃光し、強烈な衝撃が全身を駆けめぐる。

 

「うんっ……、ああんっ」

 

鈴を転がしたような声で、水花は細く長く喘いだ。可愛らしい声音をふるわせ、小さく甘い吐息をもらす。まるで電気ショックを受けたかのように、ビクッ、ひくんと、あちらこちらを痙攣させてから、ゆっくりと目を覚ました。

 

「なに……これぇっ……」

 

水花は淫らにうめいた。ぼんやりとした意識の中で、少年が自分を抱きかかえ、そっと壁に押しつけるのがわかったが、彼女は愛らしく喘ぐばかりで抗うことが出来なかった。興奮で張りつめた少年の顔を見つめながら、水花は肩をふるわせる。グチョグチョと卑猥な蜜音の正体に気づいて、目も口もピクピクと半開きになってしまった。

 

水花は壁に上半身を預けていた。胸元が大きく開いた赤いワンピースがはだけ、上向きに形よく張った乳房がむき出しになっていた。下半身は見えない。ガルマが覆い被さっていた。彼は水花の上半身をきつく抱き締めて、彼女の女に埋没している自分自身を上下に蠢かしながら、豊潤な胸と唇に舌を這わせる。

 

「あ、あ、あ……」

 

水花の体に痺れてしまうほどの快感が走った。呼吸なのか声なのか判断しかねるほどとろけた音で、少年の名前を連呼する。

 

「あぁ……、が、ガルマくん、ガルマくん、ガルマくん」

 

ガルマは眉目秀麗な面立ちを火照らせながら、健気に舌をくねらせ水花の舌に絡める。ふわふわと柔らかいそれとは対照的に、美しい女の中を喰いしめる肉棒は粘った音をたてながら前後し、ぬめ光るいきりに勢いをつけていた。

 

「ああっ、待ってぇ……」

 

水花はガクガクと全身を揺すると、まろやかな乳房が小きざみにぷるぷるふるえだした。全身はほんのりと桜色に染まり、汗で照り光っていた。いやいやをするように左右に首をふる。

 

「はぁううっ……ガルマくん、ガルマくん待ってぇ……」

「んっ、水花さん……、どうしたの?」

 

しとやかな美貌をくしゃくしゃにさせる水花をじっと見つめながら、ガルマは荒くなった息を整えようとする。美しい女から匂い立つ淫らな香りにうっとりと酔いしれる。

 

「……分からない、分からないのぉ、目を覚ましらこんなことになっててぇ……」

「やっぱりお酒を飲みすぎたんだね。ここが何処か分かる?」

「んんっ……、分からない……、ああっ、どこなの?」

「お店のレストルームだよ。水花さんがここでしたいって言うからさ……」

「レストルーム?」

 

水花は首を横にふりながら、ゆっくりと辺りをみまわすと、そこが高級感のある広いトイレであることが分かった。トイレの壁や床には天然石が用いらているせいで、とても豪奢な水廻り空間が出来上がっている。だが、愛くるしい顔をとろけさせる水花は状況をきちんと理解していないようで、朦朧と快楽の波に身を委ねてしまっている。

 

ガルマは苦笑してみせた。

 

「水花さんはお酒を飲むと別人みたいに変わるんだね。それとも、僕の前だからそうしてくれてるの?」

「んっ……、分からないっ……よく覚えてないのっ……」

「もしかして煽っているの?」

「ちがっ、本当に何も覚えてないのっ、一緒にお酒を飲んでいたのは覚えているけど、それから先が分からないのっ、覚えてないのっ……」

 

水花はポロポロと大粒の涙をこぼした。まるで、深い海の底からわき出た真珠のように清らかな光をたたえている。しかしほんのりと香り立つそれは、ガルマの鼻をふわふわとくすぐり続けていた。有無を言わさず貪りたい欲望が胸を灼いたが、グッとこらえる。 彼は気持ちを落ち着かせるように深呼吸ひとつすると、大きく垂れた前髪を撫でた。

 

「水花さん、今日はいつもとちがうね」

「ご、ごめんなさい……」

「そういう意味じゃないよ。いつもは大人びて見えるけど、今は小さな女の子みたいだと思って」

「……嫌いになったの?」

「ううん、可愛いと思った」

「んっ……、私の方が年上なのに……」

「ちょっとしか違わないよ。それに、今は僕よりずっと年下に見えるよ」

「…………そんなのいや」

「たまにはいいじゃないか。それに、僕が大人になればきっとこうなるよ」

「そんなことっ……、そんなことないもん」

「それはどうかな」

 

ガルマは断定した。しっとりと濡れながら、いや、濡れてるからこそなお強く鼻腔を刺激する水花のあでやかな香りに痺れるようなものを覚えながら、彼はもう一度彼女の体を抱きしめなおした。鼓動がさらに速くなる。水花が動揺していることに気づき、嬉しくなった。

 

ガルマは健気に微笑を浮かべ、水花のほっそりとした首筋を唇で愛撫すると、項(うなじ)の血管がピクピクとつり、たおやかにしなりあがっていくのが分かった。ふっと息を吹きかける。

 

「ね、続けても大丈夫かい?」

「んっ、うんっ……」

 

水花は思考が定まらないまま、コクコクと小さく頷いた。まるで電流を流されて感電しているようにぶるぶると震えながら、ガルマをじっと見つめる。やわらかい肉がたっぷりとつまった乳房がワナワナと痙攣している。それがこの上なく淫らで美しかった。ガルマはため息をついた。

 

「すごく可愛いよ、水花さん」

 

そう言うや否や、ガルマは抜き差しを荒らげた。熱を持った柔肌に、体ごとぬめりこませる思いで動いた。二つに結われた髪をまさぐり掻き、耳を、ほっぺたを、唇で撫であげて絶頂を煽る。

 

「ああっ、だめっ、だめぇっ!」

 

雷にでも打たれたようは悲鳴をあげ、水花がビクッビクッと震えた。子宮がとけるように熱くなっている。そこを肉棒が蠢くだけで、細く張りのある腰が前後に揺れ出した。ぷくぷくと膨らんだ肉棒を絞り、揺すり、深くくわえこむ。彼女のそれは妖しくうねり、ひくひくと細かい震えが起こした。その先端にある尖った花びらのあわいから濃密な蜜液が滴り落ちる。まるでガルマという幼い男を食らいつくしているかのようだった。

 

「ああん、だめぇ……わ、わたし……わたしもうっ……がるまくんっ、がるまくんっ……」

「はぁっ……僕も、僕もそろそろ限界だ……」

 

強烈な快感にのみこまれそうになりながら、ガルマは最後の楔を打ちつけた。先端から閃光のような光が走り抜け、たちまち、全身に行き渡った。おそろしく甘美な痺れがわき起こる。

 

「ああっ、もうっ、だめぇっ、あ、あああっ――」

 

水花は涙にぬれた悲鳴をあげて、ゆき果てた。ほっそりと形良い脚をガルマの胴体に絡みつけ、彼の精をきゅきゅっと吸い込んでいく。生温かくて甘い蜜が滴り落ちた。

 

「……はぁう……うぅぅん……」

 

水花はやわらかい女体をぴくぴくと引きつらせながら、荒くなった吐息を整えたあと、甘えるように体を預けた。豊満な乳房をぷるるるっと揺らす。ガルマは名残惜しそうにそれを見つめたまま、ポツリと呟いた。

 

「水花さんはこういう方が好きなんだね」

「んっ……」

「もっとはやく教えてくれれば良かったのに。それも恥ずかしかったのかい?」

「やだぁ、いわないで……」

「可愛いね、水花さん」

 

ガルマは嬉しそうに微笑んだ。微笑んで、ぽってりと柔らかい水花の乳房に顔を埋める。透けるように白い乳房の温もりを味わいながら、大きなため息をついた。心地よい疲労感に包まれたせいか、彼はつい柄にもない台詞を吐いてしまった。

 

「……まだ少し残ってるんだけど、口でしてもらえる?」

「おくちで?」

「うん、口で……」

「んんっ、どうやってしたらいいの?」

「それは……」

 

ガルマは水花の乳房に深々と顔をうずめて、もごもごと口ごもったような小声で答えた。

 

「残ったやつを全部吸いとってほしい……」

「ぜんぶ?」

「うん、全部。……やってくれる?」

「……んっ、がるまくんのならできる」

 

水花はとろとろに溶けた声で頷いてみせた。それから乱れた髪を整え、恥ずかしそうにガルマの額にチュッと音をたてて口づける。あまりにも従順な態度に、ガルマは少し驚いたが、何もかも酒のせいにして自己完結させる。そして、汗と粘液で濡れた水花の体をやさしく拭ってやる為に、乳房から顔を離した。意味もなく垂れた前髪を撫ではじめると、水花が子猫のように小さく呻いた。遠まわしにねだっているのだと気づいて、いいしれぬ優越感を覚えた。

 

僕はようやく水花を手に入れた。

 

そんな想いが胸の奥底から迫せり上がり、満足感や達成感のようなもので満ちあふれた。それは男の歓びだった。

 

一目惚れだった。名前も知らない人妻を目にした時、心臓がキュンと縮こまったのを覚えている。まるで熟れはじめたさくらんぼのように愛くるして、フワリと柔らかそうな女だと思ったし、可愛らしい女の子だとも思った。少女と女の狭間、熟してはじめているが、女になりきれていない。そのアンバランスな美しさに心奪われ、恋い焦がれ、そしてようやく手に入れた。

 

「がるまくん……」

 

水花はうっとりとした顔でしゃがみこむ。ガルマはそっと腕を伸ばし、小さな肩を引き寄せた。水花の上半身が倒れ、鼻先に肉棒が突きつけられる。

 

ガルマは息をのんだ。

 

「やってくれるだろ?」

「……うん」

 

水花は我を忘れたように、ズボッと肉棒を口に含んだ。頬を真っ赤に染めながなら、ねっとりと目を細める。ぷっくりとやわらかな唇を健気にすぼめ、小さな喘ぎ声を何度ももらした。切なそうに眉を下げながらも、唇はしっかりと蜜で濡れていた。水花は甘い吐息をもらしながら、舌の上で肉棒をすべらせる。それからゆっくりと顔を振ると、グチュグチュと糸を引く響きがトイレの個室に漂いはじめた。

 

「……んっ、水花さん……」

「んんっ」

 

水花は誘い込むように体勢を変えた。一度肉棒から唇を離し、足を開く。そして、膝で身体を支え、ほぼ四つん這いでガルマの肉棒をしゃぶりなおした。そのせいで赤いワンピースの裾がひろがり、ムッチリと張りのある太股がでてきた。

 

「……はぁっ……、水花さん……、もしかして触ってほしいのかい?」

 

ガルマの問いに答えるように、水花は頬の力をゆるめ、肉棒を舌先でグチュグチュと回転させる。ビクンと肉棒が小さく痙攣した。

 

「んっ……、ああっ……」

 

ガルマは弱々しく声をあげ、水花の頭に触れた。そして、愛おしむように頭を撫でる。絹糸のような儚い感触を楽しみながら、彼は何度も喘いだ。その間にも、水花は肉棒をしゃぶりつづけた。まるでそれしか知らないかのようにゆっくりとしゃぶり、肉棒の根元から先端まで舐める。溶けはじめたソフトクリームを舐めるような要領で、舌先をちろちろと動かす。

 

「んっ、こういうのに慣れてるんだね……」

 

ガルマは呻き、大きく垂れた前髪をなでた。頭の中が真っ白くなってフワフワッと身体が浮きあがるような絶頂感に襲われる。

 

「んんっ、はあっ……」

 

水花は上目遣いにガルマの顔を見ると、ふるふると首を横に振りだした。愛くるしい声をあげながら、舌で肉棒の先端を突いてくる。すると鈴のように割れた場所から、ねっとりと白い蜜が滲みでてきた。水花はそれを綺麗にすくい、ギュッと肉棒を握りしめると、肉棒が痙攣をおこしたようにふるえた。それが面白くて仕方がなかった。水花は知らず知らずのうちに唇の圧迫を変化させ、グチュグチュと淫らな音をあげて激しく首を振った。その度にむき出しの乳房がぷるぷるとたわんで揺れる。

 

「み、みなかさっ……」

 

ガルマの呼びかけに答えず、水花は懸命に淫らな行為をつづける。ひざまずき、濡れ光る肉棒をしゃぶる17歳の人妻、見下ろす光景は想像以上に艶かしかった。それがガルマの幼い欲情を誘い、高みへと導いていく。

 

彼は迫りくる絶頂に抗うことなく、水花の顔をゆっくりと見下ろし、愛くるしい瞳と視線を絡ませた。恋い焦がれた女の瞳は涙でしっとりと濡れていた。そんな美しい瞳の奥底で、彼の知らない何かが光っては消えている。ジッと観察してみると、それが赤く輝いていることが分かった。まるで赤い蝶のそれだと思った矢先、鎖骨から刺激が駆けあがってきた。

 

「んんっ――!」

 

ガルマは声を吐き出すと、両手で水花の小さな頭をつかんだ。黒く艶やかな長い髪に指をからませ、ゆっくりと、水花の顔を揺さぶる。

 

「うぅんっ……」

 

水花は息苦しさに声をつまらせながらも、懸命になってそれを受けとめようとした。苦しげに息を吐き出しながら、ポロポロと涙をながす。その弱々しい姿に煽られ、ガルマは何度も顔を揺さぶった。

 

「ふっ、んんんっ」

「みなかさん、みなかっ、もうっ、限界みたいだっ……」

 

水花は肉棒をギュッと強く握りしめた。自身の口内を犯す肉棒を吐き出そうとはせず、彼のすべてを受け入れる。それが本当に嬉しかったのか、ガルマの肉棒は異常に膨れあがり、白濁とした蜜を放出する。

 

「んんんっ―――!」

 

白濁とした蜜は、水花の喉を直撃し、小さな体にある全てへと浸透していった。

 

×××

 

 

「――水花?」

 

水花、佐脇水花はゆっくりと目を開けた。そこは見慣れた、真っ白い自宅の天井だった。まだ引っ越したばかりなのに、うっすらとシミが出来ている。きっと煙草のせいだと、水花は曖昧に溶けた意識の底でぼんやりと考えた。

 

身体が熱い。特に子宮がじんわりと熱っぽかった。ムズ痒く感じて、思わず両足を揺らした。干したばかりのシーツからはポカポカと太陽の香りが匂い立っている。しかしほんのりと漂うそれは、間違えなく男女の何かだった。

 

もちろん、男とは彼女の夫ではなかった。

 

水花はクスリと笑った。目を閉じると、ちょっとだけ年下の美少年の姿が脳裏に浮かんだ。 ポツリと呟く。

 

「……がるまくん」

「ん、どうしたの?」

 

ガルマが微笑みかけてきた。朝風に合わせて、淡いパープル色の髪が揺れている。幼い少年のやさしい香りを堪能しながら、水花はクスクスと笑った。鈴を転がしたような音が部屋に響く。

 

「……呼んでみただけよ」

「ふうん。……どうして笑うの?」

「笑っちゃだめなの?」

「いや、可愛いからいいよ」

 

ガルマは大きく垂れた前髪を撫でると、そっと水花に覆い被さった。水花は何の抵抗も示さず、待ちかまえていたように両腕を彼の首に絡ませた。二人はしばらく無言で見つめあう。

 

「また会ってくれる?」

「もちろん。今夜連絡するよ」

「……きっとよ、すぐ連絡してね。待ってるから」

「寂しがりやなんだね」

「ガルマくんに言われたくない」

「君ほどじゃないよ」

「そんなことないわ」

「……昨夜のこと、もう忘れたの?」

 

水花はポッと頬を赤らめる。昨晩の淫らな行為が脳裏をかすめると、子宮の奥深い何かかキュウウと締め付けられた。恥ずかくなって視線を逸らす。

 

「お酒のせいだもん」

「……これからもきっとそうなるよ」

「そんなことないもん」

「じゃあ試してみるかい?」

 

ガルマは顔を近づけてきて、真剣な表情で水花の顔を覗き見る。幼いが故に澄んだ瞳に映り込む光が、どんな宝石よりも美しく輝いていた。その美しさに引き寄せられるように、水花は顔を近づけさせる。それを合図と思ったガルマは、情熱をこめて彼女の唇に深く口づけた。

 

ふと、水花の瞳に不可解なものが映りこんできた。

 

赤々と燃えるように飛ぶ蝶だった。それは夢まぼろしとなって、彼女の眼前で淡く光輝く。そうして何かが死んで、何かが生まれる。その酷さを知りながらも、水花は何も知らない子供のように、静かに目をとじた。

​●夏の日ぽろぽろ

その日はひどくむし暑い日だった。

 

昨日、一昨日と降り続いていた雨のせいで、空はどんよりと曇り、早朝からひどくむし暑い。コロニー内の環境調整だと分かっているものの、ジメジメとした暑さの中で勉学に勤しむのは、温室育ちのガルマには堪えた。

 

「部屋で休んできたらどうだ?」

 

友人のシャアが愉しげに言う。トレードマークの大きなサングラスがキラリと光った。自分を案じているわけではなく、からかっているのだと気づき、ガルマは眉を潜めた。ため息を吐きながら、大きく垂れた前髪を撫でる。

 

「シャア、君はまた僕を坊や扱いするつもりなのか。いい加減にしてくれ、これくらい我慢できる」

「無理するな、今にも倒れそうじゃないか。それに今日は自習だ。部屋に戻ったところでバレやしないさ」

「そういう問題ではないだろ。ジオン公国の男として、恥ずかしい振るまいなんて――」

「このまま教室で倒れこむ方が恥ずかしいと思うが?」

「……っ!」

 

ガルマは唇を尖らせる。長い前髪からは、ベットリとした汗が珠のように浮かび上がっていた。限界だった。全身汗だくで赤い顔をした彼は、恨めしそうにシャアを睨み付けた。完璧な報復とはほど遠い、弱々しい抵抗だった。

 

だが、睨まれた当の本人は、口元に笑みを浮かべて涼しげな顔をしている。汗ひとつかいてはいなかった。

 

「佐脇教官殿が来られたら伝えておくよ。ザビ家の坊やが暑さでバテたってね?」

「……シャアっ!」

「すまないすまない、ただのジョークさ。お詫びと言っては何だが、部屋にあるコーラは君が飲んでいいよ。それでも飲んでゆっくり休んでくれ」

「…………」

「どうした?僕の顔に何かついてるか?」

「どういう風の吹き回しだ、シャア」

「何が?」

「いや、今日はやけに親切だと思って」

「君が教室で倒れたら、介抱するのはルームメイトの僕だからね。ちょっとした予防策だよ」

 

ガルマの疑わしげな視線に気づいたのか、シャアははぐらかすように軽くウィンクをしてみせた。その態度がよそよそしく思えたが、体がむし暑さでどうにかなりそうなのは事実だった。これ以上反論をしても、残された体力をいたずらに消費するだけ。シャアへの疑念が消えたわけではないが、ガルマは諦めるように引き下がった。

 

「……恩に着るよ」

 

ガルマは羞恥心を隠すように、そっと視線を泳がせる。何だが得たいの知れないものが、頭の中でモヤモヤとしはじめたが、それを口にするだけの知識と経験が彼にはなかった。

 

×××

 

「……シャアめ、一体何を考えているんだ」

 

部屋に入るや否や、ガルマは忌々しげに呻いた。大きく垂れた前髪を撫でながら、クーラーのスイッチを急いで入れる。窓際に設置された薄型クーラーが、音もなくしずかに作動すると、氷のような冷気がふうっと部屋に満ちていく。その冷気がいつもよりきつく感じられたのは、シャツが汗で湿っていたせいだろう。彼はタオルで体を拭いながら、もう一度呟いた。

 

「妙に優しいというか……、いや、よそよそしい気がする」

 

ガルマは眉を潜める。自分をめったに誉めたりしない、皮肉屋のシャアにしては珍しい行動に思えた。気のせいと片付けてしまうには、全てが不自然きわまりない。漠然とした警戒心を抱きながら、彼はタオルを机に置いた。山積みになった教科書の上に、ふんわりとしたタオルが覆い被さる。徹夜で勉強をしていた為、机は散らかり放題だった。整理整頓でもしようかと思ったが、口の中や喉がカラカラに渇ききっているので、すぐに諦めた。

 

「…………コーラ飲もうかな」

 

一瞬だけ迷ったあとでガルマは呟いた。いささか名残惜しそうに、冷蔵庫へと歩き出す。もしやコーラに何かしらの細工を施したのか、と思った。シャアはいたずら好きというわけではないが、何かにつけて自分をからかいたがる。しかしそういうわけでもなさそうだった。キンキンに冷えたコーラが彼の疑惑を否定する。一応確認はしてみたものの、これといった何かがあるわけでもなかった。

 

「僕の考えすぎか」

 

ガルマは考えるのを止めた。頭の中を占拠するモヤモヤを受け入れたわけじゃないが、考えたところで、理想のゴールにはたどり着けなさそうだった。

 

コーラのペットボトルのキャップを開け、ちらりとシャアの机を見た。机だけでなく、ベットの周辺は整理整頓が行き届いている。教官が目にしたら褒め称えるに違いないと、ガルマは小さく笑った。肩がふるえている。学校の成績だけでなく、基本的な生活態度すらシャアに勝つことが出来ないからだ。

 

「……これだけ完璧だったら、ザビ家の坊ちゃんなんて言われないだろうな……」

 

ガルマはためらうように口をもぐもぐさせ、呟く。そして、思いがけないものを発見した。

 

「……あれ?」

 

シャアの机の上に無造作に置かれた一枚のDVDに、ガルマは驚いて目を見開く。大きく垂れた前髪を撫でてから、慌ててそれを手に持った。おそるおそる確認する。

 

「しゃ、シャア……ど、どうしてこんなものを……、こんな、いかがわしいものを……」

 

ガルマはのけぞるようにして声をあげ、つぎの瞬間、恥ずかしさで体が熱くなるのを感じた。 こんなの初めて見たぞと考えたり、これってどんな内容なんだろ、な気分をシュワシュワと蒸発させながら、DVDをまじまじと見つめる。彼の年齢を考えれば、当然の反応といえた。

 

それはアダルトビデオだった。

 

ザビ家の坊ちゃん育ちとはいえ、男と女のことは知識として知っていたし、興味がないと言えば嘘になる。いや、あっさりと言ってしまえば興味は大いにあった。しかし栄光あるジオン士官学校に、こんなハレンチ極まりないDVDが存在していたのかと考えると、驚きを禁じ得なかった。ガルマは頭を抱える。

 

「ちゃんと隠せよシャア……、教官に見つかったら僕も共犯にされるだろ……、こんなハレンチなものを所持していたと思われたら……、ぼ、僕はもう生きていけない……ザビ家の面汚しだ……」

 

しかし、そう言いながらもガルマはDVDから目を離すことは出来なかった。心を奪われてしまったかのように、彼の眼はジッとDVDに向けられている。

 

アダルトビデオの表紙には、『処女・最後の日。水色リボンが似合う清純美少女 。初めてのSEX。そして初めての中出し……』と書かれ、黒髪ツインテールの美少女が微笑みを浮かべている。透き通るような真っ白い肌に水色のリボンとセーラー服が映える美少女だった。その愛くるしい顔は複写でもしたように、佐脇教官の幼妻水花と瓜二つである。

 

「に、似てる……」

 

ガルマは目を白黒させる。ちょっと似ているぐらいならまだしも、表紙の美少女は全くといっていいほど水花と似ていたので、パニックに陥っている。粟粒のような汗が体中にねっとりと吹き出てきた。ついさっきタオルで拭ったばかりなのに、むっとするような汗の匂いでどうにかなりそうになる。

 

気持ちを落ち着かせようと前髪を撫でたが、初めてまじまじと見るアダルトビデオの前では、その行為は無駄でしかなかった。

 

「似てる……」

 

愛くるしい乙女の顔が脳裏に浮かんだ。

 

佐脇教官の幼妻。自分よりちょっとだけ年上の、可愛らしい乙女。一目惚れだった。初めて目にした、あの途方もない衝撃を忘れた事はない。

 

佐脇教官の傍らにちょこんといた彼女は、現実とは思えないほど美しい乙女だった。

 

赤レースのワンピースから覗く肌が透きとおるように綺麗で、豊満にふくらんだ二つの乳房は、思わず顔を埋めたくなるほど柔らかそうだった。小さな唇はぽってりと厚みがあり、舐めれば口の中で溶けてしまいそうなほど儚いものに見えた。クリクリと大きな瞳はしっとりと潤み、見る者を惑わすように輝いていた。

 

ガルマは体の芯が燃えるような興奮を覚えながらも、それに抗うように首を振った。

 

「こんなの……他人のそら似だよ……」

 

そう言いながらも、今度はアダルトビデオの裏面を見てしまう。水花そっくりの美少女が妙に色っぽい美青年に組み敷かれ、むっちりと張りのある乳房をぷるぷると揺らしている。説明文を読むと『初めて目にした肉棒は、大好きな彼のでした。太くてたくましい彼の肉棒が膣内に侵入してきた時、乙女は涙を流して痛みに耐える。大丈夫かい…?痛みで中断した初めてのSEX。もうできる…。大丈夫…。お願いだからきて、あおさん…。乙女はそういって再び、肉棒を受け入れ、白い精子を膣内に取り込んだ』と記載されている。未経験のガルマにも、それが何を意味するか理解出来た。

 

「ふ、ふーん……、しゃ、シャアはこういうのが好みだったんだなぁっ……、は、ハハハッ!僕の事を坊やってバカにしてるけど、そう言う君の趣味だって坊やみたいじゃないか!ハハハッ!」

 

ガルマは顔をひきつらせながら不自然に笑った。ぷるぷると小刻みに体を震わせながら、そそくさとアダルトビデオをパソコンにセットする。部屋には誰もいないに決まっているのに、それでも音量は小さめにした。キョロキョロと辺りを見回す。

 

「……これは友達として見なくちゃいけないな……。と、友達なんだから……うん」

 

ガルマは胸に手を当て、まるで呪文を自分に言い聞かせるように呟く。声は悲しいぐらいに上ずっており、興奮と緊張で心臓がドキドキと高鳴っていた。ここまで悪化したのは、最近では、野外訓練を行った時くらいだ。緊張をほぐすように深呼吸すると、クーラーがブワッと音をたてながら冷風を送りだしてきた。その音に気圧されるように、ガルマの体がビクッと震えた。

 

「お、驚かせるなよ……」

 

ガルマは一息ついて気をとりなおし、やっとの思いでスイッチを入れた。指は情けないぐらいに震えていたが、その全てを無視することにした。大きく垂れた前髪を撫でる。

 

パソコンの画面はなんの脈略もなく、淫らな映像を映し出した。

 

『ああんっ……』

 

まず最初に意識したのは、美しい乙女の声だった。

 

銀の鈴を転がすような可憐な声音で、消えいりそうに小さく喘いでいる。そこから滲み出てくるように聞こえてくるのは、おそろしく粘った水音。肉と肉をゆっくりと小刻みにこ擦り合わせているのか、それが動くたびにクチュクチュと音がした。

 

『ああ……、ダメぇ……』

 

乙女の熱い吐息と、ぐちゅぐちゃといやらしい音が部屋に響きわたる。そこにガルマの切羽詰まった声が響いた。彼はようやく、画面に映し出された光景を理解したのだ。

 

『ああっ……、も……もうだめぇ……』

 

むっちりと張りのある乳房をぷるぷると揺らして、乙女は全身を硬くして股をぎゅっと閉じてしまう。そのせいで彼女の身に何が起きているか分からなかったものの、ほっそりとした脚からヒタヒタと流れる液体が全てを物語っているような気がした。汗ではない。ねっとりと粘った何かだ。それが脚をぬらりと艶かしく濡らしているのだ。

 

『ああ……、もうやめてぇっ……、ダメ、ダメぇっ』

『ぐちょぐちょだねぇ、気持ちいいのかい?』

 

妙に色っぽい声が響いた。もちろん乙女の声ではなく、アダルト男優の声だ。ガルマは眉をひそめる。その手の趣味がない彼から見ても、アダルト男優はこれ以上ないくらいに美しかった。ぞくりとするような色気を漂わせ、乙女を思うままに弄んでいる。深緑の長い髪がひどく艶かしい。

 

『もっと気持ちよくなろうね?』

 

官能の波に翻弄され、いやいやと逃げる乙女を抱えこんで、男は本格的に攻めはじめた。指を股の奥へとさし込み、クネクネとかき回しながら、豊満な乳房を舐めあげる。口のなかで唾液を溜め、卑猥に尖った乳首を舌先でねっとりと弄んだ。

 

『はっ、はぁぁぁっ……、や、やぁっ、そんなに、そんなにしたら、ああんっ』

『イッちゃいそう?』

『うんっ……も、ダメぇ……』

『んふっ、大丈夫だよ。僕が見ていてあげるからねぇ?』

『あ、あおさん、あおさん……』

『もう少し強くしようか』

『――ああっ!』

 

男が指先で弾くように攻めるたび、乙女の声が上ずって、次第にガクガクする腰の動きが激しくなっていった。未経験のガルマから見ても、その行為がクライマックスを迎えつつあることは理解できた。視聴する自分もここで盛り上がるべき場面なのだろう。しかし、それ以外が何一つ分からなかった。

 

「……行く?行くってどこに?」

 

ガルマは困惑していた。大きく垂れた前髪を撫でながら、マジマジと画面を見つめる。羞恥の極みに押し上げられそうな乙女は、これ以上ないくらいに可愛らしいものの、何を言っているのかピンとこない。

 

「行くも何も、こんな事をしていたらどこにも行けるはずないじゃないか……。何を言っているんだ……?」

『ああッ……も、もうダメぇ……イッちゃう、イッちゃうよぉ』

「行っちゃう?誰が?誰が行っちゃうんだ?」

『おやおや、まだイケないのかい?もっと強くしてみるかい?』

「だから誰がどこに行くんだ……!?具体的に言ってくれなきゃ分からないよ!」

 

ガルマは勢いよく立ち上がると、椅子が後ろのベットにぶつかり、大きな音を立てた。しかしそんなものはお構い無しとばかりに、彼はパソコンを両手で掴み、大声で怒鳴った。

 

「分かるように言ってくれなきゃ困惑するじゃないか!全然楽しめないよ!だ、だいたいこの男優が画面に出すぎてるせいで、肝心要の彼女が隠れてしまってるじゃないか!指をどこに入れてるかぐらいハッキリと映してくれよ!」

「そんなに知りたいのか、ガルマ」

「知りたいよ、僕だって男だ!こんな事も知らないのかと皆から笑われちゃうじゃないか!」

「教えてもいいけど、君には刺激が強すぎるかもしれないなぁ」

「刺激!?刺激って何の話だよ、シャ…………え?」

 

ガルマがおそるおそる振り向くと、そこには、小さく手を振ってくるシャアがいた。ハンサムと称すべき顔を苦笑混じりに歪ませながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。それを目にしたガルマは、何もかも理解した罪人のような顔をして、カッと目を見開いた。それからぐっと拳を握りしめ、瞳のなかに黒い炎を浮かべて叫ぶ。

 

「シャア!謀ったな!シャア!」

「ハハハッ、そんな大袈裟な話じゃないだろ。いや、謀る以前の問題だぞこれは」

「……ど、どういう意味だ」

 

シャアは心底おかしそうに笑いだした。右手を口に当て、切れ長の瞳を瞬かせると、珍しくガルマの目をまっすぐに見つめた。その瞳には深い哀れみの色が浮かんでいた。

 

「君が佐脇教官の奥さんを好いているのは知っていたよ。まぁ、だからこそからかうつもりでこのアダルトビデオを用意したんだが……。まさかこれほど純真無垢だったとは、恐れ入ったよガルマ」

「な、だからハッキリと言ってくれなきゃ」

「ハッキリと言ったところで、君には分からないだろうさ」

「い、言ってみなきゃ分からないだろ」

 

ガルマはぎろりと睨むような視線を向けてきたが、シャアはそれを気にも留めずにパソコンの電源を切った。乱れ交じり合う男女の映像がプリッと音をたてて闇へと消えると、気まずい沈黙が部屋を支配した。

 

「あ……」

 

ガルマの眉が残念そうに下がっていき、前髪の先をいじいじと弄りだした。その様子は、それこそ玩具を取り上げられた幼子のようで、シャアは唇を痙攣させる。意味もなくパソコンに視線を向けながら、ポツリと呟いた。

 

「……こんな事をした僕も悪かったよ。余計なお世話だと思うが、あの水花って人は止めといた方がいいい」

「い、いきなり何だよ」

「君の手に負える女じゃないよ、彼女」

「は、だから何を言って」

「君、大人しい清純そうにな女の子が好みなんだろ?」

「だから!さっきから何を言っているのか分からないよ!ハッキリと言ってくれよ!」

「……そういう女じゃなと思うって話だよ」

「え……」

 

ガルマの背筋が震えた。無理もない。シャアの瞳はどこまでも冷めきっていた。同時に、ある種の恐ろしさを覚えるほど強い光があった。自分では見えない何かを知っているような人間の目。

 

「シャア、それってどういう意味だよ」

「知らなくていいんだ」

 

シャアはゆっくりとサングラスを外しながら、もう一度笑った。その笑顔は不自然なほどひくついている。ガルマは整った眉を寄せて、シャアの目だけを見た。

 

見開かれた大きな瞳は人間のものとは思えないほど暗いものをうつしだしている。その瞳が流星のように発光した。

 

「知らない方が幸せな事もある

​●何も分かってない

ガルマ・ザビの妾宅はサイド3の中心地から外れた場所にある。

 

ジオン公国を制するザビ家の男が住まうにはどうかと思われるほど寂しい場所で、周囲には高い木々が鬱蒼と生い茂っている。屋敷はたいした広さのあるものではない。もともと女一人がそれなりに過ごせていればそれでいい、とされた建物であるからだった。

 

もちろんガルマの趣味ではなかった。彼が激しく恋い焦がれる女――佐脇水花が望んだものだった。もっと華やかで美しい場所を用意できるのだが、ガルマがそう言った時、あなたがお望みならばと、と水花は寂しげに微笑んだ。それについて深く追求すると、彼女は哀しそうな表情を浮かべた。そして、飾り立てられた場所にいるのが嫌なのとこたえた。自分が人形のように思えてならないの。

 

ガルマはそれ以上何も言わなかった。この美しい女が、故郷の地球でどのような境遇に遇っていたか知っていたからだ。姫巫女と崇め奉られ、小さな社に閉じ込められていた彼女にとって、それは途方もなく苦痛なことなのだ。

 

いま、その女はルウム残党掃討戦より帰還した彼の衣服を脱がせ、傷の手当てが不十分な場所に薬を塗りつけていた。その間、ガルマはされるがままになっていた。これくらい自分で出きると伝えたこともあったが、彼女が可愛らしく拗ねてきたので、それ以降は好きなようにさせている。

 

他に何もすることはないガルマはただ黙って水花を見下ろしていた。美しく結われたツインテールのせいで顔を見ることは出来なかったが、そのかわりに、白くほっそりとした指がチロチロと淫らに動く指を眺められたので満足していた。

 

「――これでもう大丈夫」

 

ガルマの全身をくまなく確認し、水花は満足げに頷いた。それから甘えるように自分の頬をよせ、ため息をもらす。

 

「どこか痛むところはない?」

「大丈夫だよ」

「本当に?」

「うん、本当に」

 

ガルマはうなずき、軍帽を机に置いた。シワひとつない大外套を水花に手渡して、精一杯の甘言を口にする。

 

「今日のような日に、君と一緒にいられることが嬉しいよ」

「……今日は何かの記念日だったかしら」

「ニュースを見てないのか。今日付けでルウムはジオン公国の領土になった。僕が率いた部隊がルウムの残敵を掃討したんだよ。そう、ジオン公国の大勝利さ」

 

ガルマは誇らしげに微笑みながら、大きく垂れた前髪を撫でた。パープル色の髪を意味もなくいじくり回す。水花はかすかに表情をくもらせた。値の張る、落ちにくい紅を唇に含ませているせいか、熱っぽい女の匂いが伝わってくるような気がした。ガルマの胸がカッと熱くなる。恋しい女へのどうにもならない想いが込み上げてきたせいだ。しかし同時に妙な胸騒ぎがした。

 

「喜んでくれないの?」

「……私に喜んでほしくてそうしているの?」

「まさか。ジオン公国の為さ」

「たくさんの人が命を落としたと聞いているけど」

「それは地球連邦の残党だよ。仕方がないじゃないか、これは戦争なんだから」

 

ガルマは唇を尖らせ、拗ねたような目で年上の愛妾を見た。水花もみつめかえした。叱るような、嗜めるような目だった。いつものようにガルマが負けてしまう。頬を赤らめ、恥ずかしげに告白する。

 

「シャアに負けたくなかったんだ……。彼がルウムの英雄として持て囃されていることは知ってるだろう。だから手柄を立てたかったんだ」

「……戦争で競い合うことはないわ」

「どうして」

「お父様が……デギン公王様がお嘆きになるわ。きっとそうよ」

「でも、僕だけ安全な場所から見てるわけにはいかない」

「ザビ家の男だから?」

「そ、そうだよ。いつまでもザビ家の坊ちゃんなんて言われたくない。だから――」

「ガルマくんは戦争の怖さを知らないのね」

 

図星を刺されたガルマは唇を噛んだ。鼻腔に流れ込んでくる女の香りがうとましさを覚えるほど悩ましかった。それを知ってか知らずか、水花はガルマの体をキュッと強く抱きしめた。小柄ではあるもののけして貧弱ではない彼の胸板に顔を埋めて、ポロポロと涙を流しはじめる。

 

「ガルマくんは、その勇ましくてご立派なお家の看板を背負って、戦争に命をかけるのね。たとえ今日は何とかなったとしても、明日は獣のようにもがいて死ぬかもしれない。たとえ還ってこれたとしても腕や脚を失って……ううん、目や鼻や顎まで失った、人とは呼べない姿になるかもしれない。いやよ、そんなのいやよ。そんなガルマくん見たくないわ。お父様は……公王様は、あなたをそんな風にしたくて育てたわけじゃないはずよ」

「み、水花……」

 

ガルマは弱ったように言った。実際に弱っていた。水花が口にした言葉は、彼のような育ちの男にとつまては天から降ったにも等しい重みがあり、そうであるからこそ、何も言い返すことが出来なくなっていた。彼はその重みを本当に背負っているかのように、切れ切れの声で続けた。

 

「ひ、酷いじゃないか。男が戦場から生きて還ってきたというのに、労いの言葉もないなんて」

「……戦争を素直に喜べないの」

「女の目から見たらそうかもしれないけど」

「男の目から見たらどうだというの?」

 

水花は立ちあがり、睨み付けた。彼女の愛くるしく可憐な面立ちはしっとりと紅く染まっており、その頬は涙で濡れていた。体の芯から火照っているのかもしれない。ガルマは場違いなほど淫らな情欲を抱きながら、人指し指で頬を流れ落ちる涙を拭ってやろうとしたが、水花はそれを強く拒んだ。たおやかとすら言える指で彼の手をつねり、叱りつけた。

 

「真面目な話をしてるのに、どうしてそんなことしようとするの。だからガルマくんは戦争の怖さが分からないんだわ。あなたにとって戦争は男振りを上げるための道具でしかないのね。そうじゃないのよ、戦争はね、せっかく五体満足に生まれついたにも関わらず、望んで人殺しをしたがる人たちがやるものなの。そんな人たちの下でガルマくんが働くことないのよ」

「で、でも姉様や兄様はこれで僕もザビ家の男になったと」

「公王様も同じことを仰ったの?」

「いや…………」

「お姉様やお兄様がいけないのね」

「水花、兄様のことは総帥と」

「どうでもいいの、そんなこと!」

 

水花はついに大きな声をあげた。彼女はガルマの手を振り払い、勢いよく背を向けるとさらに大きな声で言った。

 

「まだ若いガルマくんを焚き付けている人たちのことなんか、どうでもいいの」

「兄様と姉様は世間が言うほど悪い人じゃない。ちゃんとジオン公国の未来を考えているんだ」

「ガルマくんのことは考えてないわ」

「考えてくれてるよ。だから僕をルウム掃討戦の指揮官に」

「それを焚き付けているというのよ。あんな……、あんないつ死んじゃうか分からないような危ない場所に……、あなたを放り投げたのよ」

「僕が望んだことだ」

「それで死んだらどうするの」

「公国軍人として死は覚悟しているつもりだ」

「その怖さを知らないだけよ」

「そんなことない」

 

ガルマは首を横に振った。美貌のプリンスと称される顔に奇妙な笑みが浮かぶ。苦笑というよりは、失笑とも言える顔だった。ため息をつくように言葉を押し出す。

 

「……どうしたんだ急に。君らしくもない」

「…………」

 

ガルマの言葉に水花は無言のままだった。ほっそりとした眉が痙攣させならが、ゆっくりと振り替える。大きな苦しみに耐えているようなその姿が、この上なく美しいものに思えてならなかった。しばらく女というものに触れてこなかったせいもあるかもしれない。例えそうであったとしても、この愛くるしい生物から放たれる甘い色香はガルマの心を捉えてはなさない力があり、そうであるからこそ、理不尽なことを言われても怒りを覚えないのだ。彼女から発せられる言葉は、例え罵倒や暴言の類であったとしても、蜜のような甘さがあった。睦言のようにさえ聞こえてしまうのは、つまるところはストレスなのだ。水花ではなく、ガルマのストレスだ。

 

ガルマは小さくため息をついた。ザビ家のプリンスであることに慣れ、戦いにも慣れようとしている彼は、人前で自ままに振る舞う自由を失ってしまった。だから、精神のバランスを取り戻すために、この愛くるしい女にとことん甘えてしまうのだ。ほんの些細な言葉でも、甘えられる隙はないかと考えてしまう。

 

ガルマが心から甘えられるのは親兄弟ではなく、佐脇水花だけなのだ。

 

(甘えすぎちゃ駄目だとは分かっているんだけどね……)

 

ガルマはそれ以上考えるのをやめた。それもまた、無意味だと気づいたからだ。いま重要なのはこの場に自分と水花以外誰もいないとうことだ。

 

「……水花」

 

焦る様子もなく、ガルマは少しずつ水花を抱き寄せようとした。水花は小さな悲鳴をあげて、弱々しい抵抗を示したが、それ以上は何もしてこなかった。

 

「……真面目な話をしてるのに何するの」

「分かっているよ。でもさ、しばらくお預けだったから、その」

「死んでしまったらこんなこと出来なくなるのよ」

「うん、分かってるよ」

「分かってないからそんな――あっ」

 

水花は奇妙に艶のある声を漏らした。ガルマが愛撫するように首筋を舐めてきたのだ。

 

「が、ガルマくん」

 

水花は無作法なガルマを嗜めるために声をあげようとしたが、唇を唇でふさがれ、そのまま部屋の中へ押し込まれるようにして、一気にベッドの上に倒れ込んだ。

 

「……話は後でちゃんと聞くから、ね?」

 

ガルマは唇を離すと、組み敷しいた水花と眼を合わせた。水花は何も言わなかった。黒色の美しい瞳はガルマの顔に据えられていたが、彼の手が自身の乳房さに伸びると、切なげともいえる光がポツリと浮べた。悲しそうな声を漏らす。

 

「やっぱりガルマくんは何も分かってない」

​●鈴の音に溺れる

最初、それが何かガルマには分からなかった。

 

自分がしっかりと顔を埋めているものの柔らかさ、そこから発せられる熱く濃厚な香り包まれて、この上なく幸せだった。その深く甘い快感に酔いしれる頃、それが何であるかに気づいた。

 

佐脇水花の乳房だった。

 

ガルマはそこへ赤んぼうのように身を寄せていた。すぐにこれが甘やかで残酷な夢である事に気づいた。自分が水花という甘美な肉に溺れたのは、もう半年も前のことだ。その後は、彼女の甘い香りを嗅ぎとることすら出来ない、はるか遠い場所へと赴くこととなった。

 

『ガルマくん』

 

澄んだ鈴の音が聞こえた。否、水花の声だった。なつかしい香りを漂わせながら、彼女の声は狂おしく響きわたる。その声が幻のようにガルマの心を惑わして引き寄せる。

 

『ガルマくん、ねぇガルマくん』

『……みなか』

 

まずい、これはまずいぞ。夢特有の感覚に支配されながら彼は考えた。このまま水花の夢に溺れてしまったら、目を覚ました時にきっと情けない思いをする。だって、だって水花は僕の―――。

 

……目が覚めた。

 

「――はぁっ……!」

 

ガルマは異様な気だるさに抗うようにベットの上から起きあがった。広い寝室に設けられたふかふかのベットは、真っ白いシーツと羽毛布団でつくられている。空気がひんやりと冷たい。背筋がぞわりと震えた。そこでようやく下半身の変化に気づいた。

 

「僕という男は……」

 

深いため息をもらして、頭を抱えた。パープル色の髪がかすかに揺れ動く。あともう少し水花の夢に溺れていたならば、危ないところだった。こんなものでベットを濡らしてしまったら、ザビ家の恥どころではない。

 

「水花……」

 

何の前触れもなく、自分に組み敷かれる水花の姿を思い出した。それと共に、可愛らしく泣きじゃくる彼女の喘ぎ声が頭の中でゆるやかに反響する。

 

がるまくん、がるまくん、わたしのかわいいがるまくん。

 

「……水花に会いたいな」

「そんなにあの娘が恋しいのですか、ガルマ」

「ええ。口論したとはいえ、彼女は僕の……」

 

ガルマがハッと顔をあげると、そこには意味深な顔つきでこちらを見ている姉のキシリアがいた。思わず小さな悲鳴をあげる。

 

「ヒッ!?ね、姉さ……いや、姉上……どうしてここに……」

「失礼な。あなたが熱で倒れたと聞いて駆けつけたのですよ」

「ぼ……この私が熱など」

 

ガルマはそれきり黙りこんだ。キシリアが冷ややかな目つきで自分を見つめ続けているからだ。

 

ジオン公国を統べるザビ家、その長女たるキシリアの地位は、あらゆる意味で最高の決定権を有している。実権こそ兄のギレンにあるものの、それはキシリアという優れた政治家が支えているからこそで、それゆえにギレンとキシリアは対立しているのだ。

 

例え兄弟であっても手駒とする非情さは、ザビ家の家風ともいえた。といってもそれ相応の情が全くないわけでもなく、だからこそ末弟のガルマはそれ相応に可愛がられている。

 

「……相変わらずですね、姉上は。ほんの少し熱があっただけです。もう大丈夫ですからご安心ください」

「今さっきまでうなされていたじゃありませんか。愛妾の名前を口にしてしまうほど疲れていたのでしょう?」

「何を仰います。ザビ家の男たるもの、弱音など」

「恋しいと言ったではありませんか」

「それは……」

 

ガルマは答えにくそうに口ごもった。勘の鋭いキシリアは何もかも見抜いている。自分にとって佐脇水花はただの愛妾などではなく、初恋の少女であると同時に初めて知る大人の女であった。であるからこそ心の中枢、その上席を占めている存在だった。

 

「姉上は水花がお嫌いなのですか」

 

ガルマはおずおずと訊ねた。意味もなく前髪を撫でると、額からじんわりと冷や汗がにじみ出ている事に気づいた。

 

「あの娘の出自はご存知でしょう?」

 

キシリアはさっと言った。胸ポケットからハンカチを取りだし、弟の額を拭う。わずかに目を細める。

 

「地球の極東に位置する島国、その小さな田舎町で巫女をしていた美しい娘。彼女の美しさに魅せられ、その愛くるしさに溺れた男は数知れないとか。男からすれば、彼女は抗いがたい魔性の持ち主なのかもしれませんね。その結果、命を落とすことになっても」

「姉上は水花を誤解なされているのです。彼女は心清らかな女です」

「それはどうかしら」

「どういう意味です?」

「数多くの男たちを手玉に取りながら、清らかでいられる娘などいるはずがありません。もし仮にそうだとしたら、まともな神経の持ち主だとは思えませんね」

「姉上……!」

 

ガルマはキシリアを睨んだ。声が大きくなった。

 

「水花は私の子を身籠っているのです。いくら姉上といえど、彼女を侮辱するような発言は慎んで」

「本当にあなたの子なのですか」

 

キシリアは弟の言葉をあらかじめ予想していたような素早さで応じた。ガルマの片眉がピクリと痙攣する。心臓がイヤな高鳴りを起こしていることを自覚しつつ訊ねた。

 

「それはどういう意味です」

「身籠った彼女にあなたが何を言ったのか、私が知らないとでも?本当に自分の子かと怒鳴りつけたそうじゃありませんか」

「……私が愚かだったのです。水花が私を裏切るはずがないのに、私は彼女に残酷な事を言いました」

「あなたが罪悪感に苛まれる必要はありません。現に彼女は妻という身でありがら、あなたと密通していたのですから。疑うのは自然なことです」

「……元をたどれば迫ったのは私の方です。そして水花の夫を奪ったのも私です。夫の亡き後、彼女を故郷に帰さず愛妾として囲いました。それでも私は悪くないと仰るのですか」

「痴情のもつれなんてどこの世界にもありますよ。それにねガルマ、あなたはザビ家の男なのですよ。気に入った女の一人や二人、力付くで奪えなくてどうするのです。といっても、もう少しまともな女を選ぶべきでしたね」

「姉上、ですから水花は」

「これは女の勘です」

 

キシリアは極めて断定的に言い切って、ガルマの頬を撫でた。姉というよりは母のような顔をしてまじまじと弟を見つめる。

 

「あの娘からは傾国の匂いがします。美しい女の周囲への影響力は、過去も今も健在なのです。例え人類が宇宙に進出するようになっても。美しい女に心奪われ、自国や自身の破滅を呼んだ史上の人物は星の数ほどいるのですよ」

「別れろと仰られたいのですか」

「不貞を働いたかもしれない娘を囲い続けることはないでしょう」

「水花は私を裏切りません」

「彼女がシャア・アズナブルと密会していたことは、あなたも知って」

「生まれるのは私と水花の子です!」

 

ガルマは苦しそうに胸を押さえ、裏返った声で断言した。顔にかかった髪の毛を振り払うように頭を大きく振って、キシリアに向き直る。勢いづいたらしいガルマは、かれにしては珍しいほど挑むような口調で続けた。

 

「水花は姉上が思うような女ではありません。私のような未熟者に心から尽くしてくれる女です。いくら姉上といえど、これ以上彼女を侮辱することを許すわけにはまいりません」

「私よりもあの娘を信じるというのですか」

「そうではありません。私の子を身籠っている以上、それ相応の対応をして頂きたいと言っているのです」

「それは彼女を正式な妻として迎え入れるということですか」

「……必要ならばそうするつもりです」

「なんですって……」

 

キシリアは混乱した。同時に、あの頃のガルマはどこへいったのだろうと思った。次男のサスロが暗殺された頃、恐怖のあまり腰を抜かし、気が小さく、人恋しがりで、甘えん坊だった弟はどこへいったのだろう。いや、ガルマはあい変わらず人恋しがりで甘い坊やなのだが、今はそれだけでは説明のつかない何かが形成されているような気がしてならい。その根本的な原因が、あの美しく憎らしい娘だけにあるとは思えない。ザビ家の男として成長したということか。それとも他に理由があるのか。

 

……いや、ガルマなりに父親になろうとしているのかしら。もし仮にそうだとしたら、ジオン公国にとっては喜ばしいことだわ。でも私にとっては全く別な気がする。なぜそう思ってしまうのかしら。分からない、分からないわ。

 

「夢物語ですね。ことにいまの戦況では。あなたにどれほど尽くしてくれようとも、彼女は地球連邦の人間。ジオン公国を統べる一族の人間として、許されるはずがない。それはザビ家とジオン公国への裏切りです」

 

キシリアは決めつけた。ガルマがどれほど傷つくかも考えずに口にした言葉だった。自分でもすぐにそのことに気づき、慌てた。弟に対して感情的になったのはこれが初めてだったからだ。しかしキシリアを慌てさせたのはガルマの反応だった。

 

「何を仰られるのです、姉上」

 

ガルマは大きく垂れた前髪を撫で、微笑んだ。彼から漂う空気に違和感を覚えたが、キシリアは表情を変えなかった。そんな姉を気に止める様子もなく、ガルマは続けた。

 

「やがて地球はジオン公国となるのですよ。そうなれば出自など関係ありません。水花はジオン公国の女となるのです。違いますか?」

「……デギン公王がお許しになるはずがありません」

「武功をあげます。ザビ家の男として恥じぬ働きを果たせば、父上もお許しになって下さるはずです。いえ、そうしてみせます。私もザビ家の男ですから」

「ガルマ……」

 

戸惑いが募り、ついには何を言うべきか分からなくったあげく、キシリアはため息をもらした。

 

「甘いわね、ガルマ」

 

キシリアは立ち上がった。そのままガルマに何か言おうと思ったが、それに何の意味があるのか分からなくなり、止めた。また来ますねとだけ告げ、部屋を後にする。その間、ガルマの顔を一度たりとも見なかった。

 

部屋を後にしたあと、キシリアはしばらく歩いた。特徴的なマスクを顔に装着し、これからについて考えた。兄のギレンを出し抜き、ジオン公国の頂となる策を練り直す。

 

そのまま壁を蹴りあげた。

 

うずくまり、小さなうめき声をもらした。理由は分からない――いや、分かっていた。ガルマの急激な成長、その真価に気づいたのだ。

 

地球はジオン公国となるのではなく、ジオン公国の支配下となるのだ。しかしガルマは地球はジオン公国となると断言した。見方を変えれば、それは地球とジオンを一つの国にするという事だ。

 

ガルマはジオン公国の頂を目指し始めている。甘いラブロマンスに浸っているだけの坊やでありながら、それを強く求めていながら、そんなものはどこにも存在しないことに気づきはじめている。でなければそんな大それた言葉を、事も無げに言えるわけがない。一体ガルマを変えたのは誰なのか。

 

戦争だ。地球連邦との戦争によって、リアリストになることを求められた彼は、それ相応の思考を身につけはじめている。そうでありながら甘いラブロマンスを捨てきれないのは坊やだからではない。父親になることを求めらているからだ。

 

リアリストでありながらロマンチスト。これは国の頂に立つ者として絶対に必要となる資質なのだ。

 

非情で冷徹な命令をくだしていても、自分の采配によってどれだけの人々の命が左右されているか忘れてはならない。それを排除してしまえば狂った戦争指導者と変わりはないからだ。

 

国の頂に立つ者は、冷酷非情でありながら人間性を失わずにいる精神力の持ち主でなければならない、どこまでも矛盾した存在なのだ。兄のギレンはそれを分かっていない。だからこそキシリアは自身の野心をむき出しにして、国の頂に立つ努力をしていた。いずれ国民も兵もギレンから離れていくだろう。そうなってしまえば何もかもがうまく行くと、そう思い込んでいた。

 

「なんてこと……」

 

キシリアは顔をあげた。頭の中で、小さな鈴がちろちろと反響していた。それは甘い甘い女の声。その声の正体を知っている。弟を惑わし貶めようとする、憎らしい女の声。そうでありながら、弟を高みへと導こうとしている女の声。

 

その女がガルマの子を産めば、やがて国母となるのかもしれない。そうなってしまったら私は――。

 

「不安要素は摘み取らなくては……」

 

鈴の音がうるさくて仕方がなかった。

​●星空なんて目に入らない

星を数えることにした。心地よい風が吹く、満天の星空のなかで、ガルマは小さくため息をつく。別宅の屋上にただ一人、であった。

 

スペースコロニー(宇宙空間用人工居住地)の最新技術によって作られた星空は、形容しがたいほど美しかった。夜のコロニーは人工月と呼ばれる衛星の光によって満たされているが、その輝きは星の輝きを失せさせることはない。

 

それはまさにジオン公国の科学技術の賜物といえた。

 

そんな美しい星空に視線を据えていると、耳をくすぐるような甘い声が聞こえてきた。

 

「ガルマくん」

 

ガルマは前髪を撫で上げ、ゆっくりと後ろを振り向いた。しどけないネグリジェ姿の水花を目にした途端、ゴクリ、とツバを飲み込んでしまう。彼女は薄い布地のネグリジェ一枚で、その下は何もつけていない。豊満な乳房をぷるるんと大きく揺らし、愛くるしい花が咲きこぼれているようなさまが、ガルマの欲情を煽る。

 

「どうしたのガルマくん?」

「ん、いや、別に」

 

ガルマはあわてて視線を逸らした。甘い香りがふわりと広がっていくような美しさに、脳が痺れてしまっている。いつまでも見つめていたら、この美しい愛妾の気持ちを考えずに行動してしまう。彼は気をまぎらわするように前髪をいじくりはじめた。

 

「ちょっと寝苦しくて」

「星を数えていたの?」

「あ、うん。ちゃんと数えたことなかったから」

「まぁ」

 

水花はくすくすと笑った。身体の揺れにあわせて、乳房がさらに蠱惑的に上下する。

 

「起こしてくれれば、コーヒーを淹れたのに」

「うん、いや、これはただの気まぐれだからさ」

「……気まぐれで私を一人にしたの?」

「あ、いや、そういうつもりじゃ」

「私、一人になるのが嫌いなの」

 

水花はそう呟くと、ガルマの背に自分の身体を押し当てた。両腕を回し、そっと抱きしめてくる。雷に打たれたような衝撃が生じる。底知れぬしなやかさと柔らかさを備えた水花の感触を背後から味わいながら、ガルマは頬を真っ赤に染め上げた。もう、星空なんて目に入らない。

 

「……だから一人にしないで。私の傍にいて、お願い?」

 

水花は甘い声で囁いた。身体の芯を熱くする彼女の誘惑に逆らう気力なんてなかった。宙を漂うクラゲのような感覚に襲われながら、ガルマは悔し紛れに呟いた。

 

「な、泣いたって許さないからな……」

​●やけ酒はほどほどに

ガルマ・ザビの疲労は限界に達していた。

 

ジオン公国軍の地球方面軍司令官としての責務と、占領地の警備や治安作戦に従事しつづけた結果、心身の疲労に追いこまれたのだ。それに加えて木馬(ホワイト・ベース)追撃戦での敗退が、彼の精神を蝕んでいった。

 

「――それでもザビ家の男かっ、ガルマ・ザビ!!」

 

ガルマ・ザビが悔しさを滲ませた表情を浮かべ、壁を思いきり叩きつけた。大声をあげて声を限りに叫んだが、音は部屋の外に漏れそうもなかった。それもそのはず。地球方面軍司令官だけあって、ニューヤークで与えられた部屋は広々としており、防音機能も備わっている。寝室と居間、従兵の控え室、それにちょっとした会議を開ける執務室もあった。

 

ガルマは居間いた。ザビ家の紋章をあしらった軍服は乱れ、美しいパープル色の髪は見るも無惨にくしゃくしゃに成りはてている。ザビ家のプリンスと名高い美貌は悲痛に歪み、振り乱れた髪を直すことすら思いつかないように、椅子の脇に置いてあったボトルを取り出していた。

 

それはジオン公国総統閣下(ガルマの父)デキン・ザビよりカシされた一品である。買おうと思って買えるものではないし、買えたとしてもとてつもない値段になる。しかしそんなものは気にならないとばかりに、ガルマはグラスにぐびぐびと酒を注ぎ込んだ。ボトルから漂う芳ばしい香りを無視して一気のみする。

 

「木馬の息の根を止めると言っておきながら……!お前は……、お前は口だけの男かぁ、ガルマ・ザビぃっ!」

 

大きく垂れた前髪を撫で上げて、ガルマは息を吐いた。酒で濡れた口を手の甲でゆっくりと拭いながら、瞳孔のひらいた目をあてどなくさ迷わせる。

 

どんな戦争にも勝ち負けがある。木馬ことホワイトベース(宇宙戦艦)が勝者ならば、必然的に敗者が存在する。それが他ならぬガルマ・ザビで、だからこそ落胆し、そして精神に支障をきたしていた。

 

「私の立案した木馬追撃作戦は完璧だったんだ……!正しさに正しさを積み重ねたあの作戦に間違いはなかった……しかし、私は負けたのだっ!ええいっ、私の顔に何度泥を塗れば気がすむのだ、木馬めぇっ!」

 

木馬追撃作戦において、ガルマの下した判断に間違えはなかった。木馬の戦術目的がガウの破壊ではなく、戦線離脱である事を即座に見抜いたし、ガウ(大気圏内用大型輸送機・ 爆撃機)直撃の危険がない事も見て取った。追撃のために出撃するザク部隊を罠にかける手筈を整えているだろうことも予測していた。ガルマはその上で出撃したのだ。

 

ところが結果は惨敗だった。ガルマ率いるザク部隊は、木馬の主力MSガンダムの攻撃を受け、事実上、なすすべもなく撹乱された。それどころか、たかだが一機のMSの猛追によって、あやうく退路を断たれるところまで追いこまれたのだ。

 

「地球連邦の新型MSとはいえ、たかだが一機に敗退するとは……!くっ、屈辱だ……!ザビ家の面汚しとは私の事だ……!」

 

ガルマはうめき声を漏らして、大粒の涙をポロポロと流した。形良い唇を噛みしめる。ジオン公国を統べるザビ家の男として、これ以上ないぐらいの恥を晒したと彼は信じていた。同時に強い反感も抱いている。

 

地球連邦司令官であるガルマは、占領地域の支配者層に対し、できる限り融和政策をとり、連邦軍に代わる治安維持活動をも担っていた。政財界も既得権を確保するためなんとか公国軍に取り入ろと、情けない姿を露呈していた。そんな浅ましい連中を相手に、ガルマはジオン公国のプリンスとして名に恥じぬ社交的かつ優雅な姿を演じて見せた。

 

それだけでなく、軍事行動にも積極的に参加し、兵達を率いて最前線に立ち戦った。それがザビ家の男としての義務であると信じていたからだ。

 

しかしその全てが否定された。地球連邦の手先によって、彼が守り続けてきた何もかもが砂の城のように呆気なく崩された。

 

「私はできる限りの事をしたんだっ!精一杯努力したんだっ!それなのに、それなのにどうして勝利の女神は私に微笑まない!?私が何をしたというのだっ!!」

 

ガルマは頭をぐしゃぐしゃに掻き回した。それから空になったボトルを、思いきり床に叩きつける。ボトルは激しい音と共に粉々に粉砕された。この世の終わりを目にした僧侶のような顔をして、新しいボトルを握りしめる。涙を拭うこともせず、恨めしそうに宙を睨み付けてから、ゆっくりと目を閉じる。

 

『――ガルマくん』

 

……目をとじた闇の底から、小さな音が甘やかに響きわたった。銀の鈴を振るように可憐なそれは、ガルマの心と体を包み込んでいく。その心地よさに身を委ねながら、彼はポツリと呟いた。

 

「……んっ、誰だ……?」

『ガルマくん、そんなところで寝てしまったら風邪をひいちゃうわ』

「風邪……?」

『地球はコロニーと違って環境設備が整ってないんだから。それにたくさんバイ菌がいるのよ』

「……う、うるさいっ!私に構うな!」

『お酒に酔うとワガママになるの、ガルマくんの悪い癖ね』

「ああもうっ、うるさいなぁ!そうやっていつまでも私を……ぼ、僕を子供扱いするんじゃない、水花!」

 

ガルマは大声をあげた。立ちあがって、美しい音色を拒むように手で払おうとする。彼はもう気がついていた。闇の底からにじみ出てきたそれが、恋い焦がれる女の幻聴だという事に。

 

水花、水花なのだ。

 

ガルマはボトルを開けた。見目麗しい顔にはまったく似合わないもの、暗い陰があった。

 

狂おしいほどに恋い焦がれた、ちょっとだけ年上の女。他の男のモノだと知りながらも欲し続け、最後には自分のモノにした女。いや、そう信じていた女。だからこそ、だからこそなのだ。そんな彼女の幻聴がたまらぬほどに恋しく、恐ろしかった。

 

ザビ家の男でありながら、たった一人の女に支配されているという強い実感を持たねばならない事が、ただただ屈辱でしかなかった。

 

『ほら、やっぱりガルマくんは子供だわ』

 

水花は暗闇の中でクスクス笑っている。自分の胸の内を見透かされたような気がして、ガルマはカッと頬を赤らめた。悔しそうに表情を歪ませ、声を荒らげる。

 

「うるさいうるさいっ!僕に養われているくせに偉そうな事を言うなぁっ!」

「――ガルマ様?」

 

くっとボトルを投げつけようとしたところで、ガルマは自分を呼ぶ声に気づいた。友人のシャアではなかった。名前も知らない中年の男だった。身につけているのは、見るからにくたびれたジオン軍服である。下士官だった。

 

朦朧とした酔眼を中年男に向けたガルマは、急速に熱が引いていくのを体で感じた。美しい顔が真っ青になって、額口から、冷たい汗が滲み出てくる。冷静さを装うように大きく垂れた前髪をかき上げた。

 

「……な、なにか用か……!?いや、なぜノックをしないっ!?ぶ、無礼者めっ!」

「申し訳ございません。お部屋から大きな音がしたので、つい」

 

中年の男は素知らぬ顔をして、手にしていたホウキとちり取りを軽く持ち上げた。これと言って特徴のない顔がわずかに痙攣している。愛想笑いを浮かべているようだった。

 

「お部屋のお掃除をさせて頂けないでしょうか」

「……そ、掃除だと?」

 

そこでようやく、ガルマは冷静さを取り戻した。おそるおそる辺りを見回すと、居間は嵐が過ぎ去った後のようにグチャグチャになっていた。大きく垂れた前髪を撫で、視線を逸らす。

 

「……よろしく頼む」

「ありがとうございます」

 

中年の男は飛び散ったボトルの破片をホウキで集めはじめた。ガルマはまるで裸を見られているように、ばつが悪そうに身を縮めて、ボトルを机に置いた。深いため息をついた。

 

すると中年の男は、ガルマが置いたボトルを木箱に戻し、部屋の隅に運んでしまった。

 

「私は片付けて良いと言ってないが?」

「それだけ飲めば充分です。きっとお体には血の代わりにお酒が流れていることでしょう」

「……ハッ」

 

ガルマは前髪を撫でた。東洋人特有の平たい顔を一瞥してから、ふと何気なく部屋の窓に視線を向ける。そこでようやく、キラキラと輝かしい陽が差し込んでいることに気がついた。コロニーを照らす人工太陽とは比べ物にならないほどの眩しさに、ガルマは顔をしかめた。頭がクラクラする。

 

「……確かに飲みすぎたかもしれない」

「お休みください。それが一番です」

「眠ってこの気分がどうにかなるのかね?」

 

ガルマは自嘲した。傷ついているような顔をして、中年の男を睨み付ける。

 

「私はザビ家の男でありながら、これ以上ないほどの無能を晒したのだぞ?」

「この世に万能な人間などいません」

「分かったような事を……」

「それが分からなければ愚か者ですよ、ガルマ様」

「何ぃっ……!?」

 

ガルマはカッと目を見開いて腰を浮かせた。中年の男の思わぬ一言のせいで、頭に血が昇ったのだ。

 

中年の男はジッとガルマを見つめていた。アーモンド・アイズと呼ばれる細長い瞳に、暖かい光がぼんやりと浮かんでいることに気づいた。ガルマは目を細めた。この光をいつもどこかで見ているような気がしたのだ。

 

愛する父親の顔が脳裏に浮かび、ガルマは小さく笑った。

 

「……確かにそうだな。寝た方がいい」

 

ガルマはゆっくり頷いて、寝室へと歩きだした。ドアノブに手をかけたところで彼はふりかえり、たずねた。

 

「……君の、君の名前は?」

「山田。山田であります。階級は曹長」

「ヤマダ……、山田か。日本語だな?ということは、君の故郷は地球じゃないのか?」

「はい」

「……なぜジオン公国にきた。もちろん、話せることでなければ答えなくていい」

「……前職はしがないサラリーマンでした。その都合でコロニーアースへ転勤に」

「コロニーアース?」

 

ガルマは目を見開いた。酔いが覚めるような衝撃だった。

 

コロニーアース。戦前、ジオン公国と地球連邦が共同で設計したスペースコロニーである。そこでは生まれも育ちも関係なく、多くの人々が平和に暮らしていた。しかしその平和は呆気なく打ち崩される事となった。コロニーアースの住民が地球連邦に対して、爆弾テロを企てたとして粛清されたのだ。名目上はテロリスト分子の掃討だったが、実際は虐殺だったという。

 

ジオン公国は地球連邦を激しく批難したものの、地球連邦は虐殺行為を正当化するべく隠蔽工作を行った。女子供関係なく命を奪いながら、その残忍きわまりない行為は闇に葬られたのだ。

 

「……君はその生き残りか。家族はどうした?」

 

山田は堂々と答えた。

 

「妻も娘もコロニーアースで死にました。テロリストの疑いをかけれ殺されました。もちろんテロリストなんかじゃありませんよ。あれはただの虐殺です。私はそれを出張先のホテルで知りました」

「……故郷には帰らないのかね。墓を造り、亡き妻と娘を慰めて――」

「私にはもう帰る故郷はありません。ですからジオン公国が故郷であり、そして妻と娘の墓のようなものです。ああ、私の娘はガルマ様の大ファンでした。生きていれば、あなたと同い年です」

 

ガルマは前髪を撫でながら、山田が発した言葉の意味を考えた。ポツリと呟くように答える。

 

「つまり、私はずいぶんと恥ずかしい姿を“君たち”に見せてしまったということだね?」

 

山田は集めたボトルの破片を屑籠に入れながら応じた。

 

「……誰にでも悲しみや苦しみがあります。もちろん悩みも。それだけで、ガルマ様をどうこう考えようとは思いません。おこがましいにもほどがあります」

「君の娘は私のファンなのだろう。夢を壊されたとは思わないのかね」

「夢とは?」

「君はさっき聞いていただろう。公表してないが、私には何年も前から愛妾がいる。その女は私の子を身籠った」

「それはおめでとうございます」

「ありがとう。本当にありがとう。しかし私は君の娘の夢を壊してしまった」

「現実があるから夢というものは存在するのです。それが分からないものは愚か者です」

「こんな浅ましい姿を君たちに見せてしまったというに……」

「私は他人様の良い面をまず信じ、敬います。悪い面だけを見ては……毎日が味気なくなります。それはとてもつまらないものです。娘にもそのように教えました。ですからガルマ様に婚約者がおられようと、愛妾がおられようと、娘の夢が壊れることはないのです」

「……そうか。ありがとう、山田」

 

ガルマは大きく垂れた前髪を撫で、ゆっくりと頷いた。気分が軽くなったというわけではないが、先ほどに比べると何かが違っている。それをどう言って良いか分からないが、悪いものでないことは確かだった。

 

ふと、普段は眠っている古い記憶がほんの一瞬だけ蘇った。数える程度の記憶しかない、今はもう亡き母の言葉だった。

 

『ガルマ、わたくしの可愛いガルマ。わたくしはあなたの素晴らしいところを思い出してから、あなたのすべてを考えるのです。それはとても幸せなことなのですよ』